診察室
診察日:2005年1月25日
テーマ: 『本当は怖い風呂上がりのめまい〜灼熱の悪魔〜』
『本当は怖い海外旅行の疲れ〜美食の代償〜』

『本当は怖い風呂上がりのめまい〜灼熱の悪魔〜』

H・Mさん(女性)/43歳(当時) 主婦
娘の中学受験のため、夜遅くまで勉強に付き合う不規則な生活を続けてきたH・Mさん。
娘は見事難関を突破、安心したH・Mさんは、頑張った自分へのご褒美にと、友人たちと温泉旅行にやってきました。凍えるような寒さの中、旅館自慢の露天風呂に入ると、これまでの苦労も吹き飛ぶようでしたが、湯船から上がったその時、異変に襲われます。
さらに翌朝、もうひと風呂浴びて、お風呂を出ようとした時も・・・。
(1)風呂上がりのめまい
(2)右半身のしびれ
脳梗塞(のうこうそく) 
<なぜ、風呂上がりのめまいから脳梗塞に?>
脳梗塞とは、脳の血管が詰まって血流が滞り、最悪の場合死に至る恐ろしい病。H・Mさんが脳梗塞を発症する引き金となったのは、彼女の間違った温泉の入り方でした。そもそも、高カロリー、高コレステロールの食事を好んで食べていたH・Mさん。そのため、彼女の脳の血管では動脈硬化が進み、血の流れが悪くなっていました。それにも関わらず、あの日、冷えきった露天風呂に出てきたH・Mさんは、かけ湯もせずに、いきなり熱いお湯に入り、そのまま10分間も浸かり続けてしまいました。その間、H・Mさんの血圧に大きな変化が起きていました。脱衣所から寒い風呂場に出た時、H・Mさんの血圧は上昇。そしてすぐ湯船に浸かることで、さらに血圧が上がりました。問題はここからでした。10分間湯船に浸かったH・Mさんの体は温度に慣れ、今度は血圧が急降下。これこそが危険な血圧の変動でした。つまり、H・Mさんの脳の血管に異変を引き起こしてしまったのです。H・Mさんの血圧が上昇した2つの行為。この時、温度変化の刺激のため、血管は収縮しました。血管が狭くなることで、動脈硬化のあった脳には、血小板などの物質がたまっていきました。しかし、しばらくすると、今度は体温が上がって血管が拡がり、血圧が急降下。血流が急激に遅くなったため、滞った血小板などが固まり、血栓ができてしまったのです。あの風呂上がりのめまいは、脳梗塞の危険を知らせる重要なサインでした。この時、血栓が血管を塞ぎ、脳が血行障害を起こしていたのです。H・Mさんのように、動脈硬化が進行している人にとって、急激な温度変化を伴うお風呂の入り方は、きわめて危険です。ところが、しばらく休んでいると、彼女のめまいは消えてしまいました。実は、これこそが落とし穴。血圧が安定すると、詰まりかけた血栓は流れ去り、症状が治まってしまうのです。しかし、H・Mさんは脳の異常に気づかないまま、あの晩、大量にお酒を飲んでしまいました。その結果、アルコールによる利尿作用で、体内の水分が大きく減少。血液が濃くなり、血栓が出来やすくなってしまったのです。そんな状態で、早朝の入浴はまさに最悪の選択でした。早朝は外の気温が低く、お湯との温度差が大きい分、日中よりもさらに激しく血圧が変動。やがて、上昇した血圧が下がり始めた時、血流はよりいっそう穏やかになり、再び血栓が出来、ついには脳の動脈が完全に塞がってしまいました。その結果、大脳が機能障害に陥り、体の半分が麻痺。さらに意識障害を起こし、失神状態になったH・Mさんは、ついにそのまま溺死してしまったのです。
温泉には必ず、こんな注意書きがあるはず。「高血圧、動脈硬化症の人や、飲酒後の入浴には特に注意すること。」温泉だけでなく、家庭も含めた入浴中の死亡者数は年間1万4000人といわれ、交通事故の死者の数を大きく上回っているのです。
『本当は怖い海外旅行の疲れ〜美食の代償〜』
K・Tさん(男性)/60歳(当時) 無職
35年間勤めあげた会社を定年退職し、夫婦で東南アジア旅行にやってきたK・Tさん。
海外ならではの珍しい料理を食べてみたいと、白身魚の刺身など数々の料理を堪能しました。
ところが、帰国して1週間後を過ぎた頃から、様々な異変が現れ始めます。
(1)体がだるい
(2)赤みを帯びたコブができる
(3)コブが消える
(4)別の場所に赤いコブができる
(5)コブが再び消える
(6)目の違和感
有棘顎口虫症(ゆうきょくがっこうちゅうしょう)
<なぜ、海外旅行の疲れから有棘顎口虫症に?>
「有棘顎口虫」とは、アジア全域に生息する寄生虫の一種で、川魚などの淡水魚に、稀に寄生しています。その川魚を生で食べることで、幼虫が人間の体内に侵入し、最悪の場合、失明する恐れもあるのが「有棘顎口虫症」です。海外旅行や最近のグルメブームで、この病に感染する日本人が急増。現在、日本では年間100例以上もの有棘顎口虫症が確認されています。K・Tさんも、東南アジア旅行で食べた、あの「生の川魚」で感染してしまったのです。まず、体内に侵入した5ミリ程度の幼虫は、食道を通って胃から腸に達しました。この時、幼虫は頭のトゲでK・Tさんに襲いかかりました。頭部をドリルのように回転させながら、なんと小腸の壁を貫き、血管へと侵入。血流に乗って肝臓にまで辿り着いたのです。帰国後、K・Tさんが感じたあのだるさは、幼虫が肝臓に侵入したことで、肝機能障害を引き起こしていたため。実は幼虫にとって、免疫抗体のある人間の体は居心地が悪いのです。そのため、幼虫は体内をさまよい始めました。あの最初のコブの正体は、幼虫が皮下脂肪にまで移動し、一時的にとどまったせいだったのです。その後、幼虫がさらに移動を繰り返したため、コブが消えたり、別の場所に現れたりしました。この病で本当に恐ろしいのは、幼虫が移動すると痛みもコブの跡も残らないため、その存在に気づきにくいこと。有棘顎口虫は消炎鎮静効果のある分泌物をまき散らしながら移動するため、痛みや赤みを消し去っていたのです。これが有棘顎口虫のずる賢さ。そして体内をさまよった幼虫はついに頭部へと移動。さらに頭蓋骨の数ミリほどの穴から脳に侵入し、前頭葉の上を通り抜け、ついにはより免疫抗体の少ない眼球に辿り着きました。こうして幼虫は、K・Tさんの目に現れたのです。幸いK・Tさんは発見が早く、幼虫の摘出手術にも成功。失明という最悪の危機を免れました。しかし有棘顎口虫の幼虫の存在は気づきにくく、その寿命も長いため、知らずに過ごしている患者が数多くいると言われているのです。