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公演情報

ライプツィヒ聖トーマス教会合唱団&
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
J.S.バッハ「マタイ受難曲」

【予定される出演者たち】
[指揮]ゲオルグ・クリストフ・ビラー
[合唱団]ライプツィヒ聖トーマス教会合唱団
[管弦楽]ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
[福音史家・テノール]マルティン・ペッツォルト
[ソプラノ]ウテ・ゼルビッヒ
[アルト]シュテファン・カーレ
[テノール]クリストフ・ゲンツ
[バス]マティアス・ヴァイヒェルト
[バス]ゴットホルト・シュヴァルツ

日時 2012年2月26日(日) 15:00 開演 14:00 開場
会場 ザ・シンフォニーホール
料金 A 14,000円 B・C・D 売切れ
一般発売日 2011年10月23日(日)
優先予約日 2011年10月21日(金)
プログラム J.S.バッハ:マタイ受難曲【字幕スーパー付】
お問い合わせ先 ABCチケットセンター
06-6453-6000

バッハから数えて第16代目の聖トーマス教会合唱団カントールとなるマエストロ、ゲオルグ・クリストフ・ビラー氏から、貴重なインタビューが届きました。
バッハ本人の指揮により、「マタイ受難曲」を初演した伝統の合唱団について、そしてマエストロから見た「マタイ受難曲」の魅力について、たっぷりと語って頂ました!



Q、聖トーマス教会合唱団は2012年に設立800周年を迎えます。たくさんのお祝い行事も予定されているようですが、そもそもこの著名な少年合唱団はどのような経緯で生まれたのでしょうか?


 1212年、ライプツィヒにアウグスチノ派聖堂参事会修道院が設立されました。そこに生活した人々は、礼拝の段取りを整えようとし、同時に合唱団を設立しました。これが今日の聖トーマス教会合唱団(トマーナコア)の誕生の瞬間です。彼らは、物を運んだり、鐘を鳴らしたりするミサの待者の務めを担いました。カトリック教会には、「女性は教会では黙すべし」という聖パウロが定めた掟があったため、司祭のみならず、教会音楽を司る者も男性でなければなりませんでした。そこで、ソプラノとアルトの声部を少年が担うことになったのです。ドイツでは一般的ではありませんでしたが、イギリスにはアルトゥス(カウンターテナー)という声部もありました。
 当時、そのような少年合唱団は学校や教会の至るところにありました。イギリスでは今も変わりません。ドイツでは1517年以降の宗教改革に伴い、その多くは解体されましたが、ライプツィヒにおいて市がこの合唱団を引き継いだため、存続されることとなりました。トマーナコアは、トーマス教会だけでなく、ニコライ教会、新教会、ペトリ教会など市内の他の教会でも歌っており、市はそのために存続させたのです。
 合唱団の少年には食事や泊まる場所を与えられました。そのことは貧しい家庭出身の子供にとっては大きな意味を持ちました。食事が与えられ、また付属のトーマス学校で優れた教育を無料で受けることができたのです。彼らは通りに出てコラールを歌い、お金を稼ぎました。1409年にライプツィヒ大学がトーマス修道院で創設されましたが、大学とのつながりもあったことから、教師の多くは大学の教授で、トーマス学校はその当時から名門学校だったのです。


Q、ビラーさんご自身、1965年から74年までトマーナコアに所属され、また1992年からはカントールとしてこの合唱団を率いていらっしゃいます。ビラーさんの人生にとって、トマーナコアとはどういう存在でしょう?

 今でもよく覚えているのですが、私が1965年にトマーナコアに入って最初に歌ったのは、バッハのモテット「イエスよ、わが喜びよ」でした。私はその音楽に魅了され、敬愛の情を抱きました。自分が演奏する側の真っただ中にいたのですから、それは素晴らしい経験でした。ただ、もう一方にあったのは、ホームシックでした。それでも私は合唱団にそのまま残り、後年ソリストとして戻ってきて何度も共演し、今は指揮をしています。トマーナコアは私の人生を決定付けました。この合唱団にはずっと魅了されてきましたが、常に喜びの気持ちばかりだったわけではありません。


Q、この合唱団との長い活動の中で、特に感銘を受けられた音楽体験は?

 バッハの受難曲を演奏する時です。バッハの音楽が偉大というだけでなく、そこには今でも現代人の心に訴えかけるメッセージがあるからです。ヨハネ受難曲然り、マタイ受難曲然り。


Q、トマーナコアは9歳から18歳まで約100人の男の子から成り立っています。その母体であるトーマス学校で彼らがどんな日常生活を送っているのか、少しお話いただけますでしょうか?

 トマーナコアのメンバーは最初トーマス学校に通うわけですが、午前中は授業を受けます。演奏旅行などの関係で、時には短い時間の中で多くのことをこなさなければなりません。午後は、各自の宿題をこなしたり、楽器や歌のレッスンを受けます。その後は合唱のパート練習、最後に全体練習があります。毎週金曜日の夜と土曜日の午後はトーマス教会で歌います。祝日と日曜日には礼拝があります。
 生徒は大部分がライプツィヒとその周辺の出身で、ドイツの他の州から来ている子も何人かいます。彼らは学校に隣接したアルムナートと呼ばれる寮に住み、それぞれの部屋では年長の子と年少の子が6〜8人で一緒に生活します。そこで日常に関する教育をお互いにし合うのです。


Q、子供たちはどのぐらいの頻度で親に会えるのでしょうか?

 水曜の夜、週末などです。ただ、子供たちの方で何も問題なければ、親が訪れる回数は少なくなります。家が遠い場合は休暇期間中だけという風に。夏と冬に長期休暇はありますが、今回のように演奏旅行で短くなることもあります。


Q、子供たちにとってはなかなか大変そうですね。先ほどビラーさんが「楽しいことばかりではなかった」とおっしゃっていたことがわかる気がします。トーマス学校はいわゆるエリート学校と呼んでいいでしょうか?

 そうですね。私たちは何よりコンサートの舞台や教会で毎回高い成果を示さなければなりません。また、昔に比べて高い声を保てる時間が長くありませんので、子供たちにとっては大変ことです。昔は声変わりが15歳ぐらいでやって来ましたが、今は遅くても13歳と早まっていますから。


Q、聖トーマス教会のカントールとして、また教育者として、ビラーさんの哲学は?

 お答えするのはなかなか難しいですが、私の中で一つ哲学と考えているのは、システムを何も持たないということです。そう言うと悪く聞こえるかもしれませんが、私なりの意図がありまして、それは好奇心と覚醒です。常に違うことをやって驚かせる、同じことをやりながらも少しずつ変えていく。熟考した上でやるのではなく、私はその場で思い浮かんだことを即座に実行します。もちろん、「正しい音程で!」とか、「そこはもっと正確に!」ということは何度も言いますが、ルーティン・ワークに陥らないよう、毎回やり方を変えるのです。それによってうまくいくこともあります。
 もう1つ大事なことは、バッハが書いた音楽をきれいに響かせるだけでなく、そのテキストに込められたメッセージを伝達することです。私たちはバッハの作品を育成することを大事な任務と考えています。もちろん、バッハ以前にも以後にも素晴らしい作曲家がここで活躍しましたから、彼らの作品も演奏しますが。


Q、今年の創設800周年のハイライトをいくつかご説明いただけますか?

 いくつものテーマやハイライトがありますが、その一つは、800周年のために書かれた一連の祝祭音楽です。本来ならば今日(1月6日)の礼拝で、ソフィア・グバイドゥーリナの作品が初演されるはずだったのですが、作曲家の病気によりキャンセルになり、通年通り「クリスマス・オラトリオ」の第6部を演奏しました。復活祭には私の新作、精霊降臨祭にはヘンツェの新作が、宗教改革祭ではハインツ・ホリガー、クリスマスにはオーストラリア出身の作曲家ブレット・ディーン、来年1月にはグバイドゥーリナの代わりとしてペンデレツキの新作のミサが初演されます。
 それ以外に、計4回の祝祭週間があります。3月には、ドレスデンの聖十字架教会合唱団、レーゲンスブルク大聖堂少年聖歌隊、ケンブリッジ・キングス・カレッジ聖歌隊という著名な少年合唱団がライプツィヒにやって来て、合同で歌います。また、7月にはバッハ音楽祭、9月にはトーマス学校、10月末にはトーマス教会を舞台にして、それぞれ1週間の祝祭週間が行われます。


Q、ビラーさんは大バッハから数えて16代目のトーマスカントールだそうですね。トマーナコアの伝統をどのように受け継ごうとされているでしょうか?

 先ほどもお話ししましたが、音楽はただの娯楽ではなく、伝達内容を持っています。バッハや歴代のトーマスカントールの遺産を正しく伝えること、これが1点。もう1点は、今年初演される祝祭音楽のように現代の音楽を取り上げることも大切と考えています。バッハのカンタータにしても、私たちは同時代の音楽として日曜の礼拝で奏でてきたわけですから。
 また、将来のことを考えて私たちは「フォールム・トマーヌム」という育成組織を作りました。これは、コンサートや礼拝だけでなく、多くの方に参加していただく対話の場です。作品の解説をしたり、一緒に歌ったり、私たちの仕事の過程に飛び込んでもらったり、というように多くの催しを企画しています。


≪マタイ受難曲について≫

Q、マタイ受難曲は西洋音楽史における1つの頂点であると語られることが多いですが、ビラーさんにとってこの作品の特別なところを教えてください。

 マタイ受難曲は、多くの点で特別です。伝達内容の豊富さもそうですが、作品の構成も他の受難曲と違います。1729年、バッハは二つの合唱から成る形でこの受難曲を作りました。ここでは、「シオンの娘」と「信ずる魂」という二つのグループ間で対話をさせているのです。それは「来たれ、娘たちよ、われと共に嘆け」の冒頭からそうで、続いて「見よ」「だれを?」という対話がやってきます。おそらく1729年バッハがコレギウム・ムジクムを引き継いだ後、合唱とオーケストラをそれぞれ二つにする構想が浮かんだのだと思います。それが全体を通して貫かれます。現存しない1727年の初稿版は、おそらくまだ二重合唱の構成にはなっていなかったでしょう。この多重構成は、非常にモダンといえると思います。
 それに加えて、バッハは「おお神の子羊」のコラールを歌うグループを二つの合唱から離れたトーマス教会の祭壇に置きました。他にも、あるアリアは第1オーケストラだけだったり、それに第2オーケストラが加わったり。群衆を表すトゥルバも二つの合唱で歌われます。レチタティーヴォでのイエスの声には弦楽器による光背が付けられています。そしてまた信徒共同体の声であるコラール、二つの合唱による民衆の合唱へと続く・・・巨大な構成です。しかし、この作品の中心となるのは(マタイ受難曲で明確な中心を探すのは難しいのですが)、私が考えるに「愛よりしてわが救い主は死のうとしておられます」というソプラノのアリアです。フルートと2本のイングリッシュ・ホルンというごく小さな編成。それまでの群衆のシーンから、突然静寂が支配します。このアリアこそが、マタイ受難曲におけるもっとも重要なメッセージだと私は思います。


Q、キリスト教を信仰していない日本人でも、この作品を理解し、また楽しむことは可能でしょうか?

 ええ、それは大丈夫です。一つには、何より音楽が巨大で内容豊かなことです。バロック音楽では記念碑的な規模といえるでしょう。記念碑的といっても、例えばワーグナーのような巨大さとは違い、はるかに室内楽的です。ただ、二つの合唱とオーケストラという編成はバロック音楽としては巨大で、長さの面からもおそらくこれ以上の作品はないでしょう。
 もう一つ、この作品は宗教の垣根を越えて、人間にメッセージを語りかけてきます。例えば、先ほどお話ししたアリアで言いますと、「愛」、つまり他者に顔を向けること、連帯や同情。これが「マタイ」の中心テーマなのです。


Q、マタイ受難曲の中で、ビラーさんが特に敬愛して止まないアリアやコラールがあれば挙げていただけないでしょうか?

 例として、イエスの死の直後に歌われる「Wenn ich einmal soll scheiden」(いつの日かわれ去り逝くとき)というコラールを挙げたいと思います。非常に静かで、音量も小さい。バッハは音量の指定を楽譜に書いているわけではないけれども、ここはそうでなければなりません。起きた出来事、つまりイエスの死を前に心打たれたのであれば、人は静かになります。「マタイ」全体を通しても、魔法にかけられたような瞬間です。
 ここには、人間の精神としてあるべき一つの姿があります。キリスト教を信仰していない人でも、「いつの日かわれ去り逝くとき」というこのコラールによって自分の死を思い、またキリストが死後にわれわれに示したことを思うと、死は終わりではない、恐れるべきものではないことを知るのではないでしょうか。


Q、ビラーさんの最近のCDではソプラノやアルトのソロに合唱団のメンバーを起用することが多いようですが、マタイ受難曲についてはどのようにお考えですか?

 バッハの時代の慣習に倣って、今回の日本ツアーでの「マタイ」も最初はソロ・ソプラノにボーイ・ソプラノを起用しようと考えたのですが、ホールが大きいことやこのパートの技術的な難度などから判断して、ソリストのウテ・ゼルヴィッヒに歌ってもらうことになりました。アルトのソロに関しては、アルトゥス(カウンターテナー)のシュテファン・カーレが歌います。彼は昨年夏までトマーナコアのメンバーで、ソロパートの歌唱も素晴らしいものがありました。


Q、マタイ受難曲を指揮する上で、ビラーさんが目指していらっしゃることは?

 「マタイ」はとにかく巨大な作品で、あらゆる表情、特色がこの中に盛り込まれています。ある曲はとてもドラマチックに、またある曲は極めて柔和に、という具合に。そして多くの問いかけとそれに対する答えがあります。そういった音楽上の要求全てを満たさなければなりません。


Q、1990年以降だけを見ても、トマーナコアの来日は過去5回、今回が6回目です。トマーナコア、そしてバッハの音楽は、なぜ日本でこれほど愛されるのでしょうか?

 私が思うに、日本の方々は(ドイツ人もそうですが)構造と規律に対する感覚を強く持っています。同時に、その構造と規律の中に、いきいきとした活力を見いだそうとします。また、質や深みに対して求めるレベルも高い。それらを全て満たすのがバッハの音楽で、日本の皆さんがバッハに熱狂される理由もそこにあるのではないでしょうか。


Q、昨年3月の大震災の後、多くのコンサートで冒頭にバッハの「G線上のアリア」が演奏されました。聴衆の多くが涙を流していたと聞いています。今回の日本ツアーでビラーさんが期待されていること、また音楽を通じて日本の聴衆に届けたいと思われることは何でしょうか?

 東日本の大震災以降、さまざまな情報が流れまた錯綜する中、合唱団の子供たちを日本に送る用意ができているか、私は彼らの親に尋ねました。彼らの過半数が反対していたら、今回のツアーは不可能だったでしょう。私は皆さんの前で、「(ツアーに行くことで)私たちが日本人の友人であるという意思表示をしたい。太陽が出ている日々だけでなく、太陽が出ていない日、つまり困難な時に手を差し伸べてこそ真の友人であると思う」と言いました。音楽というものは、言葉とは全く違った形で人間を慰める可能性を持っています。力にもなり得ます。私たちは今回の日本ツアーでそのことを示したいと思うのです。




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【聖トーマス教会創設800周年】
バッハゆかりの伝統の合唱団とオーケストラが贈る静謐な感動!
ライプツィヒ・聖トーマス教会合唱団&
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
J.S.バッハ「マタイ受難曲」


「マタイ受難曲」を生演奏で聴いたことが、あるか、ないか。それは貴方の音楽人生の中で、大きな分かれ道になるかもしれません。

今から200年以上前の1727年の聖金曜日。人類史上最高と評されるある音楽遺産が生まれました。音楽の父バッハが遺した「マタイ受難曲」。新約聖書“マタイによる福音書”におけるイエスの受難を、一つのオペラのようにまとめ上げた壮大な音絵巻。深淵で荘厳な音楽と、透明感溢れるボーイソプラノの合唱、それぞれが共鳴し生まれる響きは、まるで宇宙を思わせる“神秘”に満ち溢れており、この世のものとは思えぬほどに美しいハーモニーが、人種・宗教の壁を越えて、私たちを感動の淵へと誘います。
そんな「マタイ受難曲」を正真正銘、本場の演奏でお届けすべく、バッハの街・ライプツィヒが生んだ世界最古のオーケストラ・ゲヴァントハウス管弦楽団と聖トーマス教会合唱団がやってきます!特に、聖トーマス教会合唱団は、バッハが27年間カントール(合唱長)を務めたことで知られ、「マタイ受難曲」をバッハと共に初演。バッハの息吹を感じさせる格調高い合唱で、揺ぎない伝統のバッハを今に伝えています。まさに、18世紀当時の最高の演奏を再現できる唯一の組み合わせ!バッハの切なる想いが溢れ出すような素朴で力強い「マタイ受難曲」をご堪能ください!
厳しい冬が過ぎ、生命が芽吹き始める早春、宗教作品の枠を超えた人類普遍のドラマが、時空を超えザ・シンフォニーホールで蘇ります!

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