2013年1月29日
■『ゴドーを待ちながら』という作品をご存知でしょうか?ある時期・・・具体的に云うと1960年頃から80年代半ばくらいまでかな?)に演劇好きになった人たちにとっては、「バカにするなよ」的な質問だと思うのですが、最近の若い人にとってはそうでもない気もします。アイルランド生まれのノーベル賞作家、サミュエル・ベケットが20世紀のちょうど真ん中に発表し、不条理劇の傑作として今なお多大な影響を与え続けている、『現代演劇のバイブル』的な戯曲。その昔学生運動をやっていた人たちがとりあえず(読むかどうかはともかく)、カール・マルクスの『資本論』を持っていたように、かつての演劇青年は誰しも『ゴドー』を携えていたのではないでしょうか?かく云う僕もこの作品が収められている『ベケット戯曲全集・1』(白水社・1967)だけは持っています■どんな話かというと・・・ウラジーミル、エストラゴンという2人の男が、道端でずっと待ってるんですね、ゴドーという人物を。うだうだ喋りながら。二幕およそ3時間くらいの間、基本それだけ。途中で、ポッツォとラッキーの二人連れ、そして一人の少年がチラッと出てきますが、ゴドーがいつ来るのか、それとも来ないのか、決定的な情報は彼らからもついにもたらされない。そして、結局最後までゴドーは現れないまま、幕は下りる。まあワケが分からん。だからこその不条理劇なわけですが、これが世界に衝撃を与えた。理由は様々です。ゴドーはゴッド、つまり神の象徴であるというのが恐らく一般的な解釈ではあるのでしょうが■日本でもいまだに色々なカンパニーで毎年のように上演されていますし、それだけでなく『ゴドー』を元ネタにした多くのオマージュ、引用、パロディ的な作品群が存在します。例えば、鴻上尚史さんの代表作『朝日のような夕日をつれて』は"ゴドー待ち"の不毛を現代日本の消費社会に置き換えたものですし、つかこうへいさんの初期作品にも『巷談松ヶ浦ゴドー戒(こうだんまつがうらゴドーのいましめ)』という、大衆演劇やヒーローショウの形式で『ゴドー』を土着的に描きなおした戯曲があります■その中のひとつに、今から20年前、作/演出・いとうせいこう、出演・きたろうで上演された、『ゴドーは待たれながら』という一人芝居があるのです。つまり、待たれているゴドーの側の物語。ウラジーミルとエストラゴンのみならず、世界中の観客から60年以上にわたって待ち続けられている"ゴドー"が一体何を思い、何を語るのか?いや、せめてどんな服を着ているかだけでも知りたい!うーーーん面白そう!!で、なんとこの『ゴドーは待たれながら』が、ケラリーノ・サンドロヴィッチさんの演出、大倉孝二さんの出演でこの春再演されることになったのです!そしてそして勿論、大阪公演はここABCホールであるのです!
■4月21日(日)、22日(月)の2日間、わずか3ステ。この春、日本中を見渡しても注目度最大級の舞台であることは論を待ちません。詳細は間もなく!
(艦長) ※詳細アップしました!(1/31)
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- 2013年01月29日火曜日