診察室
診察日:2004年12月14日
テーマ: 『本当は怖い朝の吐き気〜見えない断層〜』
『本当は怖い空腹感〜遠すぎた春〜』
『本当は怖いインフルエンザ〜今、そこにある危機〜』

『本当は怖い朝の吐き気〜見えない断層〜』

T・Sさん(男性)/44歳(当時) 会社員
この冬、築15年の木造2階建て4LDKのマイホームを手に入れたT・Sさん。
今まで住んでいたマンションとは違う、新しいわが家に大満足していましたが、空間にゆとりがある分、家の中にいても、寒さを感じることが多くなっていました。
そして住み始めて2週間後の朝、突然、胃がむかつき、吐き気に襲われます。
さらに様々な症状が・・・。
(1)朝の吐き気
(2)左の肩こり
(3)左腕の外側が痛む
(4)息切れ
(5)激しい胸の痛み
心筋梗塞
<なぜ、朝の吐き気から心筋梗塞に?>
心筋梗塞とは、心臓の血管が詰まることで心臓の筋肉が壊死、最悪の場合、死に至る病。その原因は、心臓の血管がコレステロールなどによって動脈硬化を発症、その内側がコブのように膨らんでしまうことで起きると考えられています。事実、T・Sさんの心臓でも長年の生活習慣により動脈硬化が起きていました。しかし彼の場合、もう一つ大きな原因がありました。それは家の中の気温差です。通常、木造の一戸建ては鉄筋のマンションに比べ、家の中の気温差が発生しやすい傾向にあります。T・Sさんが最初の症状に襲われた、あの朝。寝室と洗面所の気温差は、実に13度。こうした急激な気温低下にさらされると、人間の体は反射的に血管を収縮させます。するとT・Sさんの場合、動脈硬化を起こしていた血管が収縮でさらに狭まり、血液がほとんど流れなくなってしまいました。その結果、心臓が一時的な酸素不足に陥ったのです。この時、T・Sさんを襲った症状は「吐き気」。では、なぜ心臓の異常が、吐き気となって現れたのでしょうか? 私たちの体には、脳が異常を感知するための神経が体中に張り巡らされています。しかし、この神経は複雑な構造のため、心臓で異常が発生しても、その事を伝える信号が他の神経と混線してしまう場合があります。すると、脳が心臓の異常を違う場所の痛みと勘違いしてしまう「関連痛」という症状が起こります。T・Sさんも、この「関連痛」のため、心臓の異常を「胃の不快感」と勘違いしてしまったのです。肩こりや腕の痛みといった症状も、すべて暖かい場所から寒い場所への移動が引き起こした関連痛でした。心臓は痛みを感じにくいため、こうした様々な関連痛こそが重要なサインなのです。そしてついにT・Sさんに突き付けられた最終警告、息切れ。この時、急な気温差と階段を上る運動によって、血管が一気に収縮。心臓が血液をうまく送り出せないことにより、肺が酸素不足に陥ったのです。もしこの時、専門医の診察を受けていれば、最悪の事態は避けられたかも知れません。しかしT・Sさんは、最後まで心臓の異常に気づくことは出来ませんでした。そして、その冬一番の寒さを記録した元日の朝。T・Sさんは気温24度の部屋から気温3度のトイレに移動。気張った瞬間、急激な気温低下にくわえ、思いきり力んだために、血管が猛烈に収縮。その衝撃で血管の膨らんだ部分にひび割れが生じました。すると、このひび割れを修復しようと血小板が集まりだし、固まってしまったのです。こうなると血管は完全に塞がれ、血流もストップ。酸素が行き渡らなくなった心臓は、心筋梗塞を起こし、ついにその動きを停止。T・Sさんは帰らぬ人となったのです。思わぬ危険が潜んでいる冬場の屋内。特に心筋梗塞による死亡者は、冬が夏の1.5倍。その多くは家の中で発生しています。とりわけ注意が必要なのは、トイレ、脱衣室、そして浴室。どの場所も気温が低く、さらに服を脱いでしまうため、心筋梗塞を起こす危険性が高くなってしまうのです。
『本当は怖い空腹感〜遠すぎた春〜』
M・Nさん(男性)/44歳(当時) 会社員
東京の大手建設会社に勤めるM・Nさんは几帳面で仕事熱心、性格も明るく皆からも一目置かれる存在。しかし、12月になると食欲が増し、いくら食べても空腹感に襲われるようになりました。忙しいからお腹も減るのだろうと考えていたM・Nさんですが、その後、様々な症状が現れてくる。
(1)眠気に襲われる
(2)倦怠感
(3)春になると体調回復
(4)冬になると再び空腹感に襲われる
(5)眠気と倦怠感が酷くなる
(6)集中できない
(7)自殺未遂
冬季うつ病
<なぜ、空腹感から冬季うつ病に?>
冬季うつ病とはうつ病の一種で精神的な病です。しかし、冬にだけ様々な症状がでるという特徴をもっています。そもそも人間の脳は網のように入り組んだ神経細胞で構成されています。そして、その細胞の間では、様々な神経伝達物質が情報をやりとりしています。この神経伝達物質が何らかの原因で減り、精神的な症状を引き起こすのが一般にうつ病と呼ばれるもの。うつ病の主な原因はストレスにあると考えられています。しかし、冬季うつ病の場合、ストレス以外に、もうひとつ大きな要因があるのです。それは、冬の日照時間。冬は一年で最も日照時間が短い季節。M・Nさんの場合、光が減ったことで脳の中のセロトニンという神経伝達物質が減ってしまったと考えられるのです。セロトニンとは、光の刺激が目から脳に送られることで生産が促される、神経伝達物質の一つ。つまり、光の量が減ったことでM・Nさんのセロトニンも減少し、脳の働きが低下してしまったのです。この異変によって起こったのが空腹感。これは低下した脳の機能を取り戻すため、糖分や炭水化物を摂取するように、脳が体に指令を送ったためでした。倦怠感や眠気もセロトニン不足により、脳の活動が極端に低下し、半分眠ったような状態に陥ってしまったためでした。しかし、春になるとM・Nさんの症状は劇的に回復。これは日照時間が増え、脳の機能を一気に取り戻したためでした。これこそが冬季うつ病の落とし穴。春になると症状が治まるため、病気と自覚することが難しいのです。さらに、M・Nさんは次の冬、北の街に転勤になりました。この転勤が病状をさらに悪化させました。その街は冬場の日照時間が東京の3分の1。その少ない日照時間が仇となったのです。こうしてM・Nさんの症状はますます悪化。無力感や絶望感といた激しい精神症状を引き起こし、自殺未遂にまで陥ったのです。20代から40代の女性が多くかかるという冬季うつ病。国内ではなんと、10人に1人がこの病の予備軍だといわれています。冬季うつ病は決して特殊な病気ではないのです。

『本当は怖いインフルエンザ〜今、そこにある危機〜』

ここ数年、日本、そしてアジア各国で猛威を振るっている恐怖のウィルス、鳥インフルエンザ。しかし、その本当の恐ろしさを皆さんは知っていますか?1918年、スペイン風邪。世界中でおよそ5億人が感染。4000万人が死亡。1957年、アジア風邪。およそ100万人が死亡。さらに、1968年、100万人が命を落とした香港風邪。かつて人類は3度、絶滅の危機に瀕しています。その全ての原因は、鳥インフルエンザが進化した、新型インフルエンザだったのです。そして、今、第4の危機が・・・人類史上最強の新型インフルエンザが今まさに襲いかかろうとしているのです。
【ケース1】
アンソニー・チャン(仮名)/3歳(当時) 幼稚園児
1997年、香港で「H5型・鳥インフルエンザ」の感染が発生。
幼稚園に通い始めたばかりのアンソニー・チャン君(3歳・仮名)が死亡。
(1)発熱と腹痛
(2)40度の高熱
 高病原性鳥インフルエンザ
高病原性鳥インフルエンザとは、いわゆる鳥インフルエンザ。そもそもインフルエンザウィルスとは、全て、もともとは渡り鳥が持っているウィルス。この鳥インフルエンザには、H1からH15まで、全部で15のタイプがあります。この中で、これまで人類に感染したのは3つのタイプだけ。スペイン風邪を引き起こしたH1型。アジア風邪のH2型。そして香港風邪のH3型です。そう、新しいウィルスが最初に人間界に侵入してきたときには必ず大惨事が起こっているのです。
 アンソニー君が感染していたのは、これまで人間界に侵入してきたことのないH5型。もし、このH5型ウィルスが過去に大惨事を引き起こした3つのウィルスのように鳥型から人間型に進化していたら・・・その場合、わずか1週間でウィルスは世界中に蔓延し、なんと世界人口の半分に当たる30億人が感染。死者は5億人にものぼると予測されました。これこそパンデミックと呼ばれる世界大流行の恐怖なのです。しかし、幸いにもアンソニー君に感染したH5型鳥インフルエンザウィルスは人間型に進化してはいませんでした。しかし、これで終わったわけではありませんでした。 。
【ケース2】
ノイちゃん(仮名)/11歳(当時)
母親のカイさん(仮名)/26歳(当時)
2004年、タイで再び「H5型・鳥インフルエンザ」の症例が報告される。 カンペンペット県の農村に住む少女、ノイちゃん(11歳・仮名)が死亡。 さらに、看病をした母親のカイさん(26歳・仮名)も同じH5型・鳥インフルエンザによる肺炎で死亡。
<ノイちゃんの場合>
(1)咳
(2)高熱

<母親の症状の場合>
(1)悪寒
(2)40度の高熱
(3)肺炎
 高病原性鳥インフルエンザ
[ケース2]で大きな問題となったのはノイちゃんの母親の死亡。ノイちゃんのH5型インフルエンザは鳥から直接、感染したものと特定できたのですが、母親のカイさんは都会へ出稼ぎに行っていたため、鳥と濃厚な接触は考えられませんでした。そこで疑われるのはノイちゃんからの感染。つまり、それは人から人への感染。最も恐れていた新型インフルエンザの発生です。この事態を重く見たタイ政府およびWHOは徹底的に調査を行いました。その結果、「今回のケースでは人から人に感染した可能性があるものの、その感染は家族間に限られていて、それ以上の社会的広がりは現在のところ見られない。」という内容が報告されました。現在、世界各国の研究機関により、娘から母親に感染したウィルスが、人型に進化したかどうか、慎重な分析が行われています。しかし、詳細は今もって調査中だといいます。WHOは、さらにこう続けています。「新型インフルエンザの発生は、我々にはとめることができない。問題はそれがいつ起きるのか、ということである。」