診察日:2005年2月1日
テーマ:
『本当は怖い骨折〜魔の落とし穴〜』
『本当は怖い難聴〜音もなく忍び寄る悪魔〜』
『本当は怖い骨折〜魔の落とし穴〜』
S・Tさん(女性)/57歳(当時)
主婦
2月のある朝、玄関先で滑って転倒し、左足の付け根の骨(大腿骨頚部 だいたいこつけいぶ)が折れてしまったS・Tさん。女性は50代を過ぎ閉経すると、急激に骨のカルシウムが減少します。彼女の場合も骨密度が低下、骨がすかすかになって弱くなる「骨粗鬆症(こつそしょうしょう)」になっていました。しかし、その後の経過は良好で、2ケ月後には退院。S・Tさんは骨を強くしようと毎日カルシウムを沢山とるなど努力を続け、1年後には大好きなテニスを再開することができました。ところが、テニスで汗を流した直後、突然左膝の痛みに襲われたのを機に様々な異変が現れます。
(1)膝の痛み
(2)体が硬くなり爪が切れない
(3)股の痛み
大腿骨頭壊死(だいたいこっとう えし)
<なぜ、骨折から大腿骨頭壊死に?>
大腿骨頭とは、股関節にある大腿骨の丸い先端部分。大腿骨頭壊死とは、この骨頭の中で壊死が起きてしまう病。その結果、骨がもろくなるため、何かのきっかけで股関節が破壊されてしまうこともあります。ではなぜ骨が壊死してしまうのでしょうか?実はすべての骨には皮膚や内臓と同じように血管が通っています。そこから補給される栄養で骨は新陳代謝を繰り返し、常に新しいものに生まれ変わっているのです。ところが何らかの原因で血管が切れると、栄養が途絶え骨の新陳代謝はストップ。すると壊死が起こり、骨がもろくなってしまうのです。S・Tさんの場合、全ての原因は玄関先での転倒でした。この時の骨折で大腿骨頭の血管が切れてしまいました。他の骨とは違い、大腿骨頭は体重がかかる分、さらに血行障害が起こりやすい場所でもあるため、壊死しやすいのです。しかしS・Tさんはすぐさま病院へ運ばれ、適切な処置を受けたはず。それなのになぜ?実は治療時のレントゲン写真では、大腿骨頭の血管が切れ、壊死が始まっているかどうかまではわかりません。それが大きな落とし穴でした。そのため骨折は完治してしまったものと思い込んでしまったS・Tさん。もう大丈夫と再開したテニスが不幸のはじまりでした。コートを走り回ることで、彼女の股関節には普段より強い力がかかってしまいました。そのため、壊死してもろくなっていた骨頭が陥没。この陥没が様々な症状を引き起こしたのです。テニスの後に起こった膝の痛み。これは本来滑らかだった股関節の動きが、大腿骨頭の陥没でぎこちなくなったことが原因。その動きが筋肉を通じて膝に伝わり、関節が不自然に引っ張られ、あの痛みが出たのです。体が硬くなり爪が切れないという症状も、骨頭の陥没で股関節の動く範囲が狭まり、太ももを体に引き寄せられなくなっていたことが原因でした。さらに最終警告となった、あの股の痛み。この時、S・Tさんは左手に重い買い物袋を持っていました。そのため、強い力が左の股関節にかかり、骨頭の陥没がさらに進行。股の痛みが起きたのです。そして、あの重い米袋を持ち上げた瞬間、骨頭はついに破壊。あの激痛を引き起こしたのです。現在、50歳以上の女性の実に3人に1人が「骨粗鬆症」になっていると言われます。そして大腿骨頚部骨折を起こす人は、年間およそ12万人。そのうちおよそ3000人が、不幸にも大腿骨頭壊死になっているのです。
「大腿骨頭壊死にならないためには?」
(1) カルシウムやビタミンDを十分にとる
(2) 歩行など適度な運動をして骨に刺激を与える
(3) 骨粗鬆症に注意する
(4) 大量の飲酒が原因で発症する場合もあるので、過度の飲酒は控える
『本当は怖い難聴〜音もなく忍び寄る悪魔〜』
T・Sさん(男性)/37歳(当時)
イタリア料理店オーナーシェフ
有名イタリア料理店で修行を重ね、念願だった店をオープン、忙しい毎日を送っていたT・Sさん。しかし店を開いて半年後、なぜか左耳が聞きとりにくくなっていました。2、3日もすると症状はすっかり無くなっていましたが、その後も様々な異変に襲われます。
(1)難聴
(2)めまい
(3)味覚異常
(4)眼のあたりがピクピクする
(5)顔面麻痺
聴神経腫瘍(ちょうしんけい しゅよう)
<なぜ、難聴から聴神経腫瘍に?>
「聴神経腫瘍」とは、耳から脳へつながる内耳神経に腫瘍ができる病気。なぜ腫瘍ができるのか?その理由は未だ解明されていません。しかし発見が遅れると腫瘍が脳を圧迫し、最悪は死にいたることもある恐ろしい病です。T・Sさんの場合、4センチという腫瘍の大きさから類推すると、聴神経腫瘍は5年から10年前に出来たと考えられます。そして徐々に成長した腫瘍が彼の体に様々な症状を引き起こしたのです。電話の声が聞き取りにくくなった難聴。これは大きくなった腫瘍が内耳神経を圧迫、音を伝える働きを鈍らせたことが原因でした。さらにT・Sさんはめまいに襲われました。実は内耳神経は音を伝えるだけでなく、耳の三半規管とつながり、平衡感覚を伝える役目も持っています。それが腫瘍のために正常に機能しなくなり、めまいとなって現れたのです。この病の怖さは、難聴やめまいといった初期段階の症状が、多くの場合いったん出ても治まってしまうこと。そのため、腫瘍の成長に気づくことが非常に難しいのです。こうしてT・Sさんの腫瘍はますます大きくなり、ついに内耳神経の隣にある顔面神経まで圧迫しだしたのです。顔面神経は、顔の筋肉を動かすほかに、舌から味覚を感じ取ったり、眼とつながって瞬きをコントロールしたりしています。そう、T・Sさんはこの顔面神経の圧迫で、塩加減を間違えたり、眼の辺りがピクピクしたりしたのです。そしてついに、あの顔面麻痺に襲われてしまいます。腫瘍の成長で、顔面神経はさらに強い圧迫を受け、顔の筋肉を操ることも出来なくなってしまったのです。T・Sさんは手術により腫瘍を摘出。なんとか命は取り留めることが出来ました。しかし発見が遅れ、腫瘍が大きかったため、左耳は聴力を失い、さらに顔面麻痺も残ってしまったのです。聴神経腫瘍は、見逃されやすく、後遺症のリスクが高い恐ろしい病。現在、年間およそ1000人の人が、この病気を発症していると報告されています。
「聴神経腫瘍を早期発見するためには?」
(1) 難聴や耳鳴りなどの症状に気をつける
(2) めまいが同時に起こったら要注意
(3) 少しでも耳や眼に異変を感じたら、病院でMRIなどの検査をされることをお勧めします