 |
『本当は怖いつまずき
~見過ごされる崩壊のシナリオ~』 |
 |
S・Fさん(女性)/64歳(当時) |
 |
日本舞踊の師匠 |
64歳の今も現役バリバリ、日本舞踊の師匠として後進の指導に励んでいたS・Fさん。
ある日、稽古中にふいに足がもつれ、つまずいてしまいました。つまずいたのは畳がささくれていたせい、と軽く考えていた彼女ですが、やがて次々と奇妙な異変に襲われます。 |
 |
(1)つまずき
(2)小刻み歩き
(3)物忘れ
(4)意欲の低下
(5)失禁
(6)認知障害
|
|
特発性正常圧水頭症(とくはつせい せいじょうあつ すいとうしょう) |
<なぜ、つまずきから特発性正常圧水頭症に?> |
そもそも脳や脊髄は、髄液という液体に包まれています。この髄液を絶え間なく作りだしているのが脳室。ここから流れ出た髄液は、脳の上部にある排水口から外へと出され、脳内の圧力は一定に保たれています。この脳の排出口が癒着したり、老廃物などで詰まってしまうのが「特発性正常圧水頭症」の原因。髄液が脳内にたまり始め、脳室が膨張。脳全体が圧迫されることで、S・Fさんを襲ったような様々な異変が起きるのです。原因はわかっていませんが、老化が大きな要因の一つ。またS・Fさんのように、真面目で責任感の強い性格の人が発症しやすいと言われています。最初にS・Fさんを襲った「つまずき」や「小刻み歩き」といった歩行障害は、特発性正常圧水頭症の典型的な症状。これは脳室がふくらむことによって真っ先に圧迫されるのが、足の運動をつかさどっている前頭葉の上部だからでした。その後も、脳室が膨らむにつれダメージは増えていきました。S・Fさんに起こった「物忘れ」や「意欲の低下」といった症状は、脳の機能の低下によるもの。これは圧迫により脳内の血流が減少したためでした。ところがこの時、S・Fさんは病院でアルツハイマーと診断されてしまいます。これこそ特発性正常圧水頭症の落とし穴。実はこの病気は、昨年になって治療のガイドラインが定められた、まだあまり知られていない病。さらにMRIの画像を見比べても、アルツハイマーとほとんど同じ。そのため、アルツハイマーと診断されるケースがとても多いのです。しかしS・Fさんは手術によって元通り踊りの師匠に復帰することができました。そう、この病は早期に適切な手術を受ければ、劇的に回復するのです。S・Fさんの場合も、息子夫婦が早い段階で異変に気づき、適切に対応したためことなきを得ました。患者のほとんどを60歳以上がしめる特発性正常圧水頭症は、決して特殊な病気ではありません。現在、国内に200万人いる認知症患者の5%、10万人が治療可能な患者と考えられているのです。 |