診察日:2005年3月1日
テーマ:
『本当は怖いつまずき〜見過ごされる崩壊のシナリオ〜』
『本当は怖いのどの痛み〜戦慄のカウントダウン〜』
『本当は怖いつまずき
〜見過ごされる崩壊のシナリオ〜』
S・Fさん(女性)/64歳(当時)
日本舞踊の師匠
64歳の今も現役バリバリ、日本舞踊の師匠として後進の指導に励んでいたS・Fさん。 ある日、稽古中にふいに足がもつれ、つまずいてしまいました。つまずいたのは畳がささくれていたせい、と軽く考えていた彼女ですが、やがて次々と奇妙な異変に襲われます。
(1)つまずき
(2)小刻み歩き
(3)物忘れ
(4)意欲の低下
(5)失禁
(6)認知障害
特発性正常圧水頭症(とくはつせい せいじょうあつ すいとうしょう)
<なぜ、つまずきから特発性正常圧水頭症に?>
そもそも脳や脊髄は、髄液という液体に包まれています。この髄液を絶え間なく作りだしているのが脳室。ここから流れ出た髄液は、脳の上部にある排水口から外へと出され、脳内の圧力は一定に保たれています。この脳の排出口が癒着したり、老廃物などで詰まってしまうのが「特発性正常圧水頭症」の原因。髄液が脳内にたまり始め、脳室が膨張。脳全体が圧迫されることで、S・Fさんを襲ったような様々な異変が起きるのです。原因はわかっていませんが、老化が大きな要因の一つ。またS・Fさんのように、真面目で責任感の強い性格の人が発症しやすいと言われています。最初にS・Fさんを襲った「つまずき」や「小刻み歩き」といった歩行障害は、特発性正常圧水頭症の典型的な症状。これは脳室がふくらむことによって真っ先に圧迫されるのが、足の運動をつかさどっている前頭葉の上部だからでした。その後も、脳室が膨らむにつれダメージは増えていきました。S・Fさんに起こった「物忘れ」や「意欲の低下」といった症状は、脳の機能の低下によるもの。これは圧迫により脳内の血流が減少したためでした。ところがこの時、S・Fさんは病院でアルツハイマーと診断されてしまいます。これこそ特発性正常圧水頭症の落とし穴。実はこの病気は、昨年になって治療のガイドラインが定められた、まだあまり知られていない病。さらにMRIの画像を見比べても、アルツハイマーとほとんど同じ。そのため、アルツハイマーと診断されるケースがとても多いのです。しかしS・Fさんは手術によって元通り踊りの師匠に復帰することができました。そう、この病は早期に適切な手術を受ければ、劇的に回復するのです。S・Fさんの場合も、息子夫婦が早い段階で異変に気づき、適切に対応したためことなきを得ました。患者のほとんどを60歳以上がしめる特発性正常圧水頭症は、決して特殊な病気ではありません。現在、国内に200万人いる認知症患者の5%、10万人が治療可能な患者と考えられているのです。
「特発性正常圧水頭症にならないためには?」
(1) バランスのとれた食事を心がける
(2) 適度な運動をする
(3) 積極的に会話をするなど脳に適度な刺激を与える
(4) アルツハイマーと間違えてしまう危険性があることを知る
『本当は怖いのどの痛み〜戦慄のカウントダウン〜』
K・Kさん(男性)/49歳(当時)
警備会社勤務
ビルのガードマンとして働くK・Kさんは、夜勤明けの午後、一人息子の大学合格を家族で喜んでいた時、軽いのどの痛みを感じました。出勤がてら近所の内科で診察を受けたところ、軽い風邪と診断され一安心。翌朝7時までの勤務に入りますが、夜になって冷え込んでくるにつれ異変に見舞われます。
(1)のどの痛み
(2)微熱
(3)咳き込む
(4)食べ物がうまく飲み込めない
(5)声が出にくくなる
(6)窒息死
急性喉頭蓋炎(きゅうせいこうとうがいえん)
<なぜ、のどの痛みから急性喉頭蓋炎に?>
喉頭蓋とは、気管と食道の分かれ目にある蓋のような部分。食べ物が気管に入らぬよう弁の役目を果たしています。急性喉頭蓋炎は、この喉頭蓋が炎症を起こして大きく腫れ上がる病気のこと。日本では年間1万4000人以上が発病していますが、この病気の怖さはごく普通の風邪が引き起こすことにあります。風邪を引くと、のどが腫れることがよくあります。これはのどの粘膜に取り付いた風邪のウィルスや細菌を目指して白血球が集結、それを排除しようとするために炎症が起こるもの。ところがK・Kさんの場合、風邪の菌が最悪の場所である喉頭蓋に付着。そこで炎症を起こしたものだったのです。しかしその直後、K・Kさんは内科を受診したはず。なぜこの時、急性喉頭蓋炎だと判らなかったのでしょうか?謎を解くカギは、喉頭蓋の位置にありました。実は喉頭蓋は口を開けただけでは見ることが出来ません。急性喉頭蓋炎は、のどの奥まで調べる耳鼻咽喉科でないと発見が難しいのです。そしてこの病の最大の特徴は、発病からわずかな時間で急激に悪化すること。実はこれこそ、急性喉頭蓋炎のワナ。風邪によって炎症が起きても、のどのほかの部分であれば、膿や分泌物は筋肉などを通して吸収。そこだけ極端に腫れることはありません。ところが喉頭蓋は、軟骨と粘膜で出来ています。このため炎症で生じた膿や分泌物は、どこにも吸収されずにたまり続け、喉頭蓋だけを急激に腫れ上がらせてしまうのです。その速さは、まさに桁外れ。なんと発病から半日で死に至ることもあるのです。K・Kさんの場合も、症状は猛烈なスピードで悪化しました。発症から6時間後、巡回の途中で咳に襲われたのは、炎症を起こして腫れ上がった喉頭蓋がのどを刺激したために生じたもの。食べ物が飲み込めなくなったのも、喉頭蓋が腫れ上がり、飲み込むたびに痛みを引き起こしていたためでした。その後、K・Kさんは薬を飲みましたが、これは症状を抑えるだけのもの。実は急性喉頭蓋炎は、抗生物質でなければ抑えられないのです。そして13時間後、ついに声が出にくくなりました。これは巨大化した喉頭蓋が気管を塞ぎかけていたために起きたもの。もはや窒息寸前の状態でした。この時すぐ病院に駆け込んでいれば、最悪の事態は避けられたかも知れません。しかし、K・Kさんは仕事を続けてしまいました。そして発症から17時間後の午前7時、極限まで膨らんだ喉頭蓋が、気管を完全に閉塞。激しい呼吸困難に襲われ、K・Kさんは窒息死したのです。急性喉頭蓋炎は、喫煙習慣のある40代から60代の男性、それも過労などで免疫力が低下した人が罹りやすいと言われています。この病気の最大のポイントは、のどの痛みです。もし風邪でのどが激しく痛んだら、すぐ耳鼻咽喉科に急いでください。一刻を争うかも知れないのです!
「急性喉頭蓋炎にならないためには?」
(1)風邪を引いたとき、のどの違和感を見逃さない
(2)免疫力を落とさないよう、喫煙や過度の飲酒を控え、糖尿病などの生活習慣病に注意する
(3)のどに違和感を感じたら耳鼻咽喉科での検診をお勧めします