診察室
診察日:2005年4月19日
テーマ: 『本当は怖い胸の痛み〜明け方に聞こえる悪魔のささやき〜』
『本当は怖い口内炎〜恐怖の体内爆弾〜』

『本当は怖い胸の痛み
〜明け方に聞こえる悪魔のささやき〜』

S・Hさん(男性)/44歳(当時) サラリーマン(商社勤務)
中堅商社に勤めるS・Hさんは、春の人事で課長に昇進。社運をかけたプロジェクトを任され仕事に燃えていましたが、気がかりなのは1ケ月前に子供たちと交わした約束。ゴールデンウィークは家族みんなで沖縄に行こうと約束していたのです。死に物狂いで頑張れば、なんとか休みがとれるはずと、猛然と仕事に打ち込むS・Hさん。ある日の明け方、悪夢にうなされて目をさますと、胸に重石を載せられたような痛みが残っていました。仕事のことを考え過ぎと自分を納得させますが、さらなる異変に襲われます。
(1)明け方に、胸に重石を載せられたような痛み
(2)別の明け方に、胸を押されるような痛み
(3)さらに、別の明け方に、胸が締めつけられるような痛み
異型狭心症(いけい きょうしんしょう)
<なぜ、胸の痛みから異型狭心症に?>
そもそも狭心症とは、高血圧や高コレステロールによって、心臓の血管の中にできたプラークという塊が血流を滞らせることで、酸素の供給が減少、最悪の場合、死に至る病です。一方、異型狭心症は、何らかの原因で心臓の血管自体が異常をきたし極度に縮んでしまうことで、血流を止めてしまう病です。つまり、異型狭心症は血液に異常がなくても起きてしまう狭心症なのです。だからこそ、健康診断の血液検査でも、S・Hさんには異常が見られなかったのです。では、彼の心臓の血管が異常をきたした原因は何だったのでしょうか?それは意外にも彼の性格にありました。せっかちで、いつも時間に追われている典型的な仕事人間だったS・Hさん。こうした性格は「タイプA」と呼ばれ、ストレスを感じやすい性格だと言われています。そして、このストレスこそが、心臓の血管にとって最大の敵なのです。S・Hさんの場合、プロジェクトを任されるというプレッシャーと家族との約束が、さらなるストレスを生み出し、極度の疲労も相まって、心臓の血管は致命的な異常をきたしてしまいました。胸に重石を載せられたような痛みは、病の始まりを告げる最初のサイン。この時、ストレスによって異常をきたしていた心臓の冠動脈は、過剰に縮んでいたのです。そのため、心臓の筋肉に血液が届かず、酸素不足に陥っていました。しかし、冠動脈は数分後には元に戻ってしまうため、痛みはウソのように消えてしまったのです。これが異型狭心症の恐ろしさ。すぐに痛みが治まるため、多くの人が「たいしたことはない」と思い込んでしまうのです。こうして症状は次第に悪化。そして極度の酸素不足に陥り、異常な動きが生じてしまう心室細動によって死に至ってしまったのです。ではなぜ明け方の時間だけ、胸の痛みが襲ったのでしょうか?実は異型狭心症の発作は、自律神経の一つ、副交感神経が活発となるリラックスした状態の時に発症します。これは体も精神も、最もくつろいでいる明け方の時間帯。だからこそ、日中にとった心電図では発見することが難しいのです。異型狭心症は、日本人に多く見られる狭心症と言われます。それはタイプAの性格が日本人に多いため。時間や仕事に追われ、働きすぎてストレスを蓄積。そんな人が異型狭心症を発症しているのです。
「異型狭心症にならないためには?」
(1) タイプAの性格を見直すことが大切
(2) 仕事と時間に追われる日々から一息つける時間を作り、ゆとりを持つことを心がける
(3) 高コレステロール・高血圧、喫煙など、心臓病全般の危険因子にも注意
もし体に違和感を覚えたら、迷わず病院で検診されることをお勧めします
『本当は怖い口内炎〜恐怖の体内爆弾〜』
I・Jさん(女性)/ 49歳(当時) 主婦
韓流ドラマにはまり、ビデオに録画し、深夜まで一人で楽しんでいたI・Jさん。 そんなある日、口の中に染みるような痛みが走り、鏡でみると、左の頬の裏に口内炎が出来ていました。市販のビタミン剤を飲んでみると、口内炎は消え、すっかり元通りになりますが、やがて新たな異変に襲われます。
(1)口内炎
(2)大きくなった口内炎
(3)1週間後、口内炎が消える
(4)食欲がわかない
(5)半透明の物体を吐く
(6)首のただれ
(7)背中のただれ
尋常性天疱瘡(じんじょうせい てんぽうそう)
<なぜ、口内炎から尋常性天疱瘡に?>
「尋常性天疱瘡」とは、体中の免疫機能が異常を起こし、全身にただれや水ぶくれが出来る皮膚病。重症化すると死の危険さえあります。なぜ免疫機能が異常を起こすのか、その原因は未だわかっていませんが、現在、患者数は約4000人。40代から50代の発症が一番多い病気です。そして発症すると、最初に異変が現れることが多いのが口の中。I・Jさんに最初に現れたあの口内炎こそが、この病の代表的な症状なのです。そもそも口の粘膜をはじめ、人間の皮膚はブロック塀のように細胞が積み重なっています。そして塀が壊れないように、細胞の間には接着剤の役割を果たす物質があります。ところが、この病気にかかると、異常をおこした免疫細胞がその接着剤を破壊してしまうのです。すると、細胞同士がバラバラに離れ、そのすき間に体液が流れ込み、水ぶくれが出来ます。これが尋常性天疱瘡で出来る口内炎の正体。ぷっくり膨らんでいるのがその特徴です。ちなみに多くの人が一度は体験している、俗に言う口内炎(正式には「アフタ性口内炎」)は、まん中が潰瘍のためにくぼむのが特徴です。しかし、不幸なことにI・Jさんは、その違いに気づくことが出来ませんでした。しかもこの病気、初期の段階では免疫機能の異常が軽いため、口内炎も数日で治ってしまいます。つまり病気のサインに気づきにくいのが、この病気の落とし穴。放っておくと、口から全身へ免疫機能の異常が広がり、恐ろしい事態を招くのです。そして襲ってきたのが、あの食欲不振でした。この時、食道の粘膜は病に冒され、ただれていました。そのため、胸のむかつきが起きていたのです。そして、I・Jさんが吐き気に襲われた瞬間、ただれた食道の粘膜はすべてはがれてしまい、口から出てきてしまいました。そして暴走した病は、ついに全身の皮膚に襲いかかったのです。入院後、彼女は、ただちに免疫異常を抑える処置を受けました。そして医師たちの懸命な治療の結果、無事退院。肌はすっかり元通りになったのです。「尋常性天疱瘡」は、発見が遅れると、10%の人が感染症で命を落としてしまう恐ろしい病。だからこそ、最初の症状である口内炎の見極めが大切なのです。
「尋常性天疱瘡で命の危険にさらされないためには?」
(1) 口内炎を軽視しない
(2) 大きさが5mmを超える口内炎
つぶれたり、めくれたりする口内炎
治ったり出来たりを繰り返す口内炎には要注意
(3) こうした口内炎がある時は迷わず皮膚科や口腔外科で検診されることをお勧めします