診察室
診察日:2005年5月10日
テーマ: 『本当は怖い声のかすれ〜見えない時限爆弾〜』
『本当は怖い胃の痛み〜目を覚ました不発弾〜』

『本当は怖い声のかすれ〜見えない時限爆弾〜』

Y・Sさん(男性)/58歳(当時) 工務店経営
親分肌で情に厚いY・Sさん(58歳)は、カラオケが唯一の趣味。仕事上がりには必ず、社員を引き連れて馴染みのカラオケスナックで盛り上がっていましたが、ある夜、絶好調で歌っていた時、一瞬、自慢の声がかすれました。幸い咳払いをすると、それはすぐに治まりましたが、やがて新たな異変が忍び寄ります。
(1)声がかすれる
(2)咳き込む
(3)食べ物が飲み込みにくい
(4)血痰
(5)胸と背中に激痛
胸部大動脈瘤(きょうぶ だいどうみゃくりゅう)
<なぜ、声のかすれから胸部大動脈瘤に?>
「胸部大動脈瘤」とは、心臓から出ている一番太い血管・胸部大動脈がコブのように膨らみ、最悪の場合死にいたる病です。60代以上の男性に多く、毎年1000人近い命を奪っているこの病気。その予備軍は、実に8万人に達すると考えられています。しかし、なぜY・Sさんは、胸部大動脈瘤の犠牲者になってしまったのでしょうか?最大の原因は、タバコと高血圧でした。40年近く、毎日2箱のタバコを吸い続けてきたY・Sさん。その結果、胸部大動脈で徐々に動脈硬化が進行。血管がもろくなっていました。この血管の壁を、心臓から送り出された血液が、高血圧の勢いも加わって激しく圧迫。長い時間をかけ、胸部大動脈の一部を膨らませていったのです。ちなみに正常な胸部大動脈の直径は、2pほど。これがY・Sさんの場合、6pもありました。これはまさにギリギリの状態。恐ろしいことにこの病気は、こうなって初めて自覚症状が現れてくることが多いのです。Y・Sさんを襲った「声のかすれ」や「咳き込み」。あれは大きくなった胸部大動脈瘤が声帯の神経を圧迫。結果、声帯が麻痺してしまったことで声が出にくくなり、唾液などがうまく飲み込めず咳き込んでしまったのです。しかし、声帯の麻痺は一時的に回復するため、こうした症状が治まってしまうこともあるのです。これこそが胸部大動脈瘤の落とし穴。ついつい見逃してしまう恐るべき病なのです。「食べ物が飲み込みにくい」という症状は、動脈瘤が食道を圧迫したために起きたもの。「血痰」は、動脈瘤が破れかけ、すぐ隣にある肺の中に血液がじわじわと染み出したものでした。この時、すでにY・Sさんの大動脈瘤は、いつ破裂してもおかしくない状態。それでも、すぐに専門医の診察を受けていれば、最悪の事態は避けられたかも知れません。しかし、病院に行こうとしたその矢先、「大きな異常はなし」という健康診断の結果が届いてしまいます。実は胸部大動脈瘤はレントゲンに写らないことがあり、通常の健康診断では発見されにくいのです。それなのにお酒を飲んで血圧が上がった体のまま、マイクを握ったY・Sさん。クライマックスで全身に力をこめた瞬間、極限まで膨れあがっていた胸部大動脈瘤が破裂。致命的な大出血を引き起こし、倒れてしまったのです。いったん胸部大動脈瘤が破裂してしまうと、その生存率はわずか25%。それはまさに「見えない時限爆弾」なのです。
「胸部大動脈瘤にならないためには?」
(1) バランスの取れた食事を心がける
(2) 高血圧にならないよう注意する
(3) 禁煙
(4) 「声のかすれ」「咳」などの症状に注意。
あまり目立った症状が出ないこの病気、もしちょっとでも体に違和感を覚えたら、 病院でCTスキャンなどの詳しい検査をされることをおすすめします。
『本当は怖い胃の痛み〜目を覚ました不発弾〜』
T・Yさん(女性)/47歳(当時) とんかつ屋経営
夫と二人三脚で「とんかつ屋」を営むT・Yさん(47歳・女性)が夕食をとるのは、いつも店が終わってからの夜11時過ぎ。残り物ですますことも多いのですが、ある日、夕食のあと胃がキリキリと刺すように痛み出しました。痛みは1時間ほどでおさまり、翌日、昼食をとった後も大丈夫だったため、彼女はすっかり安心しますが、その後、新たな異変に襲われます。
(1)胃痛
(2)右肩がこる
(3)みぞおちの激痛
急性膵炎(きゅうせいすいえん)
<なぜ、胃の痛みから急性膵炎に?>
「急性膵炎」とは、何らかの原因で膵液に含まれる消化酵素が膵臓や周囲の臓器を消化し、炎症を起こしてしまう病。最悪の場合、死に至ることもあります。しかし、なぜT・Yさんは急性膵炎になってしまったのでしょうか?CT画像に病を引き起こした本当の原因が隠されていました。白い物体…胆石です。そもそも胆石とは、脂肪分の消化を助ける胆汁の成分が固まり石状になったもの。そしてその胆汁にはコレステロールやカルシウムなど様々な成分が含まれているのです。T・Yさんの場合、もともと高コレステロールの食事ばかりをとっていたために、そのコレステロールが固まって胆石が作られていったと考えられます。ただし、胆のうの中に胆石があるというだけでは、普通は痛みを伴いません。T・Yさんが感じた、あの胃の痛み。あれは食事の後、脂肪分を分解する胆汁を出すため、胆のうが収縮。その狭くなった部分に胆石が挟まっていたためでした。T・Yさんが胃の痛みだと思っていたのは、実は胆のうの痛みだったのです。あの肩こりも胆石が原因。右肩だけがこっていたのも、胆のうが右側にあるからで、その痛みが別の場所に出る、いわゆる放散痛だったのです。しかし、なぜT・Yさんは夕食後にだけ、痛みを感じたのでしょうか?それは彼女の食事の内容にありました。昼食は比較的あっさりしたものだったのに対し、夕食は店の残り物など、脂っぽいものが中心。昼食は脂肪分が少なかったため、胆のうの収縮は小さく、胆石がはさまることはありませんでした。しかし夕食の時は、沢山の脂肪分を分解するため、胆のうが大量の胆汁を出そうとして激しく収縮。その結果、胆石が胆のうに挟まり、あの痛みを引き起こしていたのです。しばらくすると、痛みが消えていたのは、胆のうの収縮が治まり、石がはずれたためでした。その後、脂っこい食事をさけたことで、胆のうは激しく収縮することもなくなり、痛みが現れないようになりました。そのため胆石がなくなっていないにも関わらず、すっかり良くなったと勘違いしてしまったのです。そして最後の瞬間、静かに眠っていた胆石がついに牙をむき襲いかかったのです。この時、T・Yさんの胆のうは大量の脂肪分を分解しようと激しく収縮。すると胆石は、ついに胆のうの外へと押し出され、そのまま膵液と胆汁が合流する管をふさいでしまいました。こうして膵液や胆汁までもが逆流し、膵臓を腫れ上がらす急性膵炎を起こしたのです。幸いT・Yさんは一命をとりとめたものの、今も完全な絶食治療を強いられています。現在、成人の10人から20人に1人が、胆石を持っていると言われています。小さければ持っていても大丈夫と思われがちな胆石ですが、実は小さい石ほど流れやすく、いつ膵炎を引き起こすかわからない危険をはらんでいるのです。
「胆石が出来ないようにするためには?」
(1) 脂肪分やコレステロールの高い食べ物は控え、バランスのとれた食事を心がける
(2) 1日3回の食事を規則正しくとる
もしちょっとでも体に違和感を覚えたら、病院で検診されることをおすすめします。