診察室
診察日:2005年6月14日
テーマ: 『本当は怖い胃もたれ〜恐怖の沈黙〜』
『本当は怖い肩こり〜柔らかい悪魔〜』

『本当は怖い胃もたれ〜恐怖の沈黙〜』

T・Hさん(男性)/53歳(当時) 会社員(大手機械メーカー勤務)
大手機械メーカーの営業マンで、50歳を過ぎても病気一つしたことがなかったT・Hさん。丈夫な胃袋が自慢で、どんなに暴飲暴食しても胃痛や胃もたれに悩まされることはありませんでした。しかし、ある日、何か胃が重いようなもたれを覚えます。そこで、T・Hさんは、翌日から食事の量を減らすことに…すると、胃もたれはなくなりますが、それから1年ほど過ぎた頃から新たな異変に襲われます。
(1)胃のもたれ
(2)胃の痛み
(3)息切れ
(4)体重の減少
(5)嘔吐
胃癌
<なぜ、胃もたれから胃癌に?>
「胃癌」とは、胃に悪性の腫瘍ができる病。毎年およそ25万人が発症し、5万人が死亡している日本人に最も多い癌です。でも胃には自信を持っていたT・Hさんが、なぜ癌に冒されてしまったのでしょうか?実はその陰には、「ヘリコバクター・ピロリ」、通称「ピロリ菌」という病原菌が潜んでいました。ピロリ菌とは胃の粘膜に棲みつく微生物で、日本人の2人に1人が感染している身近な病原菌。T・Hさんも子供の頃から感染していました。では、ピロリ菌の感染が、どうして胃癌という最悪の結果を招いてしまったのでしょうか?幼い彼の胃に入ったピロリ菌は、まず胃の粘膜にとりつき、軽い炎症を起こしました。そして長年にわたり自覚症状もないまま静かに進行したこの炎症は、40数年後、ついに「萎縮性胃炎」と呼ばれる段階へと移行。これは長い間続いた炎症のために胃の粘膜細胞が破壊され、粘膜そのものが薄くなってしまうという状態です。T・Hさんが胃もたれを覚えたのは、まさにこの時。胃液を出す粘膜細胞が壊れて少なくなったことで、その分泌量も減少。消化に時間がかかり、食べ物が胃に残りやすくなったのです。そしてこの段階こそが、運命の分かれ道。ここできちんと対処していれば、癌になることはなかったかも知れません。ところが、T・Hさんは食事の量を減らしただけでタバコをやめず、塩分の多い食べ物を口にし続けました。その結果、タバコに含まれる発ガン物質や塩分が、薄くなった粘膜を強く刺激。ついに癌ができてしまったのです。しかし、恐るべきことに胃癌の初期段階ではほとんど自覚症状がないため、T・Hさんは癌ができたことに気づきませんでした。一度だけ早期発見のチャンスがあったのは、会社の飲み会で感じたあの刺すような胃の痛み。あれは癌の痛みではなく、胃潰瘍による痛み。実は初期の胃癌は、胃潰瘍を引き起こすことがよくあるのです。もしこの時、病院で検査を受けていれば、生存率は95%。しかしT・Hさんは、痛みの原因をストレスだと勘違いし、市販の胃薬を服用。そのため痛みは治まり、胃潰瘍は完治。皮肉にも、癌細胞だけが生き残ったのです。病魔が発した唯一のサインを見逃してしまったT・Hさん。体内では癌が刻々と成長していきました。その結果、現れたのが、あの「息切れ」や、急激な「体重の減少」といった症状。そしてついに癌細胞が大量出血。吐血してしまったのです。この時、癌がすでに全身に転移していたT・Hさんは、1年後、帰らぬ人となってしまいました。ピロリ菌を持つ人が胃癌になる確率は、およそ1%。しかし、ピロリ菌が胃癌の危険因子であることは間違いありません。だからこそ、ピロリ菌の有無を知ることが予防の第一歩となるのです。
「胃癌にならないためには?」
(1) まず自分がピロリ菌を持っているかどうかを知ることが大切です
(2)その上で、塩分のとりすぎ、喫煙、こげた食品を食べるなどの危険因子を避けるようにしましょう
(3)なかなか症状が現れないのが胃癌。1年に一度は定期的に胃の検査をされることをおすすめします
『本当は怖い肩こり〜柔らかい悪魔〜』
K・Tさん(女性)/49歳(当時) OL(大手商社勤務)
経理畑一筋、面倒見がよく、若手社員にとって頼もしいお母さん的存在だったK・Tさん。
唯一の趣味はインターネットで、友人とのメールに熱中し、夜更けまでパソコンに向かうこともしばしば。そんな時、決まって彼女を悩ませるのが、肩こり。それも右側だけがやけにこるような気がしていました。若い頃から姿勢が悪く猫背気味だったK・Tさん。経理という仕事柄、肩こりは仕方ないと諦めていましたが、数日後、新たな異変に襲われます。
(1)肩こり
(2)指先がしびれる
(3)午後になると肩こりがぶり返す
(4)再び指先がしびれる
(5)失禁
頸椎椎間板(けいつい ついかんばん)ヘルニア
<なぜ、肩こりから頸椎椎間板ヘルニアに?>
頸椎とは、背骨の首の部分にあたる骨。「頸椎椎間板ヘルニア」は、この骨と骨の間でクッションの役目を果たす椎間板が、何らかの原因で出っ張ってしまい、脊髄や神経を圧迫。様々な障害が出る病です。K・Tさんを悩ませた、あの右の肩こり、そして右手の指のしびれは、飛び出した椎間板が右の上半身の運動を司る神経を圧迫したため、起きていたのです。ではなぜ、彼女の頸椎の椎間板は、出っ張ってしまったのでしょうか?その原因の一つとして考えられるのが、長年にわたるあの姿勢の悪さでした。姿勢のよい人の場合、背骨はゆるやかにS字状のカーブを描き、4キロ近くある頭の重さを自然に支えています。ところが、元々猫背気味だったK・Tさんは、会社でのデスクワークに加え、深夜までパソコンに向かう日々の中、さらに姿勢が悪化。背骨のカーブがいびつな形となり、頸椎に大きな負担がかかっていたのです。ではなぜ、症状は朝には見られず、午後になると現れたのでしょうか?実はこれこそ、頸椎椎間板ヘルニアの特徴。夜、寝ている間は、頭の重みが頸椎にかかりません。しかし、朝になり、起きあがって活動すると、頭の重さが一気に頸椎にのしかかり、椎間板を強く圧迫。その結果、全ての症状が、午後になると現れたのです。そして、この病の恐ろしいところは、痛みが必ずしも強くないので、ついつい放っておいてしまうこと。ところが、これに小さな一押しが加わるだけで、症状が劇的に悪化してしまうのです。K・Tさんの場合は、くしゃみ。くしゃみのちょっとした衝撃で、ついに椎間板が脊髄を圧迫。その結果、上半身だけでなく、下半身の神経までもが麻痺。膀胱がコントロールできず、失禁してしまいました。そして最後の瞬間。今度は足の筋肉が突っ張り、そのまま転倒。その衝撃で、椎間板の中身が完全に飛び出してしまったのです。幸い緊急手術によって、K・Tさんは、首から下が麻痺する最悪の事態は免れました。このような頸椎の病は、生活スタイルの変化により、高齢者だけでなく若年層にも広がっているのです。
「頸椎椎間板ヘルニアにならないためは?」
(1) 正しい姿勢を覚えておくことが大切です
(2) 背筋を伸ばし、あごを引き、座るときにはできるだけ背もたれを使わない、そんな姿勢が背骨をいたわることにつながるのです
(3) もしちょっとでも体に違和感を覚えたら、すぐに病院で検診されることをおすすめします。