診察室
診察日:2005年11月29日
テーマ: 『本当は怖い胃のむかつき〜赤い落とし穴〜』
『本当は怖い歯茎の出血〜黒の衝撃〜』

『本当は怖い胃のむかつき〜赤い落とし穴〜』

I・Yさん(女性)/52歳(当時) 専業主婦
子育ても終え、夫と2人、悠々自適の生活を送っていたI・Yさん。趣味のフラワーアレンジメント教室で、同年代の友人たちが更年期の悩みを打ち明ける中、彼女は至って快調。更年期障害は自分とは縁のないものと安心していましたが、ある晩、突然、胃のむかつきと頭痛に襲われました。もしかしたらこれが更年期の始まりなのか?念のため、市販の胃薬を飲んで様子を見ることにしたI・Yさん。しかし、その後も次々と異変に襲われます。
(1)胃のむかつき
(2)頭痛
(3)吐き気
(4)激しい頭痛
(5)片方のまぶたが開かない
(6)頭に激痛
くも膜下出血
<なぜ、胃のむかつきからくも膜下出血に?>
「くも膜下出血」とは、脳を包むくも膜の内側を流れる動脈にできたコブが破裂。脳の機能が一気に失われてしまう恐ろしい病。この発作を起こすと、およそ半数が死に至り、たとえ死を逃れても、3人に1人は何らかの障害が残ります。注目すべきは、女性の発症率が男性の倍であるということ。とりわけ更年期を迎えた50代以降に急増しているのです。一体なぜ?最大の原因は、更年期に伴うエストロゲンという女性ホルモンの減少。肌や血管のしなやかさの素、コラーゲンを作る細胞を活性化させるこのエストロゲンが減ることで、血管の弾力が失われてくるのです。I・Yさんの血管もしなやかさを失い、硬くなっていました。さらに日頃から高脂肪の食事をとり続けていたため、高血圧に。こうして硬くなった脳の動脈の分岐点に、絶えず高い圧力の血流が当たることでコブが出来てしまったのです。死への時限爆弾とも言えるそのコブは、次第に大きくなり、ついには少量の出血が。あの胃のむかつき。あれは動脈瘤からの出血によって、脳内の圧力が上がり、延髄にある嘔吐中枢を刺激していたためでした。そして、その圧力が脳自体を圧迫したため、同時に頭痛も覚えたのです。このように胃のむかつきと頭痛がほぼ同時に起こるのが、くも膜下出血の特徴。しかし、ほとんどの場合、胃の調子が悪いためと勘違いしてしまうのです。これが、くも膜下出血の落とし穴。この時点で、すぐに病院で診察を受けていれば、助かっていたかも知れません。そしてもう一つの落とし穴は、しばらくするとかさぶたができ、出血が止まるため、一時的に吐き気や頭痛が治まってしまうこと。そのためI・Yさんは、病院に行くことはなかったのです。最終警告は、片目のまぶたが垂れ下がってしまったこと。あれは脳の動脈のコブが大きくなり、眼の動きを司る神経が圧迫され麻痺したために、まぶたが開かなくなってしまったのです。そしてついに、大きくなった動脈瘤が限界に達した瞬間…一気に破裂!大量の血液が、くも膜の内側に溢れ出し、脳の機能が完全に停止してしまったのです。現在、日本人100人のうち5人が、脳に何らかの「動脈のコブ」を抱えているといわれています。特にこのコブが出来やすい50代以降の女性は、どんな小さな異変も見逃さず、注意する必要があるのです。
「くも膜下出血にならないためには?」
(1)高血圧、喫煙、塩分・脂分の多い食事、大量の飲酒、ストレスなど、動脈瘤をつくる危険な生活習慣を
避けることが大切です。
(2)特に血圧が高い人や、50代以降の女性は、年に1度はMRI検査を受けることをお勧めします。
『本当は怖い歯茎の出血〜黒の衝撃〜』
T・Yさん(男性)/38歳(当時) 自転車店経営
東京の下町で、自転車店を営むT・Yさん。キッチリした仕事が評判を呼び、店は大繁盛でしたが、自分のこととなると食事の前に手を洗わないなどとてもいいかげん。そんなT・Yさんが朝、歯を磨いていると、歯茎からの出血が。これまでも何度かあったものの、その量が多くなったように感じました。何かとズボラな彼は、
わざわざ病院に行くほどではないと放っておいてしまいますが、その後も奇妙な異変が続きました。
(1)歯茎の出血
(2)指先のしびれ
(3)手足が冷たい
(4)ぶつけた傷口が化膿する
(5)(化膿した)小指が真っ黒に変色
バージャー病
<なぜ、歯茎の出血からバージャー病に?>
「バージャー病」とは、手足の血管の血の流れが滞り、ついには壊死、患部の切断に至ることもある難病。
現在、日本人の患者数はおよそ1万人。そのほとんどが、20代から40代の働き盛りの男性です。バージャー病は発症のしくみがはっきりと解明されていません。ただ、患者のほぼ100%が喫煙者であることから、タバコが血管に何らかの影響を与えるのでは、と考えられてきました。ところが最近、バージャー病患者の手足の血管を調べたところ、意外な菌が大量に発見されたのです。それは…「歯周病菌」。歯周病菌とは、歯茎を中心に増殖し、歯肉や歯根といった歯を支えている土台を破壊してしまう菌。では、歯周病菌とバージャー病には、どんな関係があるのでしょうか?最初にT・Yさんを襲った歯茎からの出血。そう、あのとき彼は歯周病になっていたのです。しかし、ずぼらな性格で、キチンと治療することもなく、放っておいたT・Yさん。歯周病は悪化を続け、ついに歯周病菌は動脈を通って、口のそばを通っているリンパ管へと侵入。全身を巡り、手足の血管に大量に蓄積されてしまったのです。歯周病菌は時間が経つと、血液を固まらせる習性があります。そのためT・Yさんは、手足の血行が悪くなり、バージャー病を発症させたと考えられます。そう、あの指先のピリピリするしびれと手足の冷えこそが、バージャー病の最初のサインだったのです。しかしT・Yさんは、冷え症と勘違いしてしまいました。これがバージャー病の大きな落とし穴。この時点で歯周病の治療を受けていれば、完治出来たはず。しかし、ついにバージャー病は、悪魔の牙を剥くことになります。そのきっかけとなったのが、あの足の小指のほんの小さな傷。このとき既に指先には、血液や酸素が十分に行き届いていませんでした。そのため傷は治らず、やがて小指の細胞が壊死、腐り始めたのです。そして、ついにはそれがひざ下まで広がり、切断せざるを得なくなったのです。現在日本で何らかの歯周病を患っている人は、歯茎の出血など軽いものも含めると、約9千万人とも言われています。特に40代後半から60代にかけては、およそ9割の人が歯周病にかかっているのです。
「バージャー病にならないためには?」
(1)歯周病とタバコを避けることが大切です。

(2)20〜40代の方は、特に歯の手入れを丁寧にしましょう。
   定期的に歯科医で口の中の健康状態をチェックしてもらうことをお勧めします。