診察室
診察日:2007年7月24日
猛暑に気をつける病スペシャル
テーマ:
「猛暑に気をつける病その(1)〜真夏の夜の悪夢〜」
「猛暑に気をつける病その(2)〜夏の死角〜」

『猛暑に気をつける病その(1)〜真夏の夜の悪夢〜』

K・Sさん(女性)/55歳(発症当時) 無職
就寝中に襲われる強い尿意のせいで一晩に何度も目を覚まし、昼間の寝不足状態に悩んでいたK・Sさん。友人から「それなら水分を控えればいい」と聞いた彼女は、早速、その夜から寝る前の水分を極力控えるように。すると、夜中のトイレの回数が減り、睡眠不足からも解放されました。それから半年後の夏、水分を控えていることに加え、汗をかくことで頻尿には殆ど悩まされなくなっていたK・Sさん。クーラーは寝入りばなの1時間だけと決め、朝は汗びっしょりで目覚めていました。ところが、ある朝、起き上がって歩き出した時、なぜか左腕がしびれて力が入らなくなり、その後も足がもつれて上手く歩けないなどの症状に襲われるようになります。
(1)左腕のしびれ
(2)足がもつれる
(3)意識障害
血行力学性脳梗塞
<なぜ、就寝中の水分不足から血行力学性脳梗塞に?>
「血行力学性脳梗塞」とは、いわゆる脳梗塞の一種。動脈硬化を起こし狭くなった脳の血管内で、血栓が詰まっていないにも関わらず血流が途絶え、細胞が壊死してしまう恐ろしい病です。そしてこれこそが夏の猛暑の時期、最も気をつけなければならない脳梗塞なのです。一体、なぜなのでしょうか?その謎を解くキーワードが脱水症状。通常、私たちは1日650〜850mlの水分を息や汗とともに身体の外に排出しています。しかし夏はこの量が激増。冬に比べ2〜3倍もの水分が、失われると考えられています。にもかかわらずK・Sさんは、熱帯夜だというのに寝入りばなしかクーラーを入れなかったため、寝汗によって大量の水分を失ってしまったのです。その結果、彼女の血液中では恐ろしいことが進行していきました。そもそも、汗の元は血液の水分。汗をかけばかくほど血液中の水分は減り、血液はドロドロの状態に。さらにK・Sさんは、常々決定的な過ちを犯していました。それは、夜中トイレに起きないよう、寝る前の水分補給を控えたこと。その結果、血液の濃縮にいっそう拍車がかかってしまったのです。そして、夏一番の熱帯夜を記録した運命の朝。動脈硬化で狭まっていた彼女の脳の血管内は、極度にドロドロになった血液がかろうじて流れている状態でした。そんな危うい状態で、慌てて立ち上がったK・Sさん。通常、起き上がったとき、脳を流れる血液の量は一時的に減少しますが、すぐに回復します。ところがK・Sさんの場合、血液の濃縮が進んでいたため、血液が脳にいく圧力を維持できませんでした。その結果、就寝中はかろうじて維持されていた脳の血流が完全にストップ。脳梗塞を引き起こしてしまったのです。このように朝、起き上がったときに決定的な事態を招くことが多いのが、この病の最大の特徴。まさに真夏の夜、いいえ、真夏の朝の悪夢なのです。その後、懸命の治療で命をとりとめたK・Sさん。再び充実した日々を取り戻すことが出来ました。
『猛暑に気をつける病その(2)〜夏の死角〜』
S・Mさん(女性)/66歳(発症当時) 無職
糖尿病を患い、長年暮らした田舎から娘夫婦がいる東京に移り住むことになったS・Mさん。東京へやって来たその日、クーラーが苦手な彼女は、自分は暑さに強いタイプと思い、娘がエアコンを入れてくれようとするのを断ります。そうして新生活をスタートさせた翌日、孫と二人で留守番をすることになったS・Mさん。その日は朝から30度を超える真夏日でしたが、冷房なんて身体に悪いだけとエアコンを切ってしまいます。事実いくらか汗をかいてはいたものの、彼女はあまり暑さを感じていませんでした。ところが昼下がり、突然、吐き気に襲われたS・Mさん。休んでも吐き気は一向に治まらず、全身が沈み込むような倦怠感にまで襲われるようになります。
(1)吐き気
(2)倦怠感
熱中症
<なぜ、S・Mさんは熱中症に?>
「熱中症」とは、体内に溜まった熱を下げることができず、体温が異常に上昇することで様々な障害が出る病。最悪の場合、死に至ることもあるのです。熱中症というと屋外でなるものと思いがちですが、何と3割以上が屋内で発生しています。しかも屋内で熱中症になった患者のおよそ6割は、65歳以上の高齢者なのです。ではなぜ、S・Mさんのような高齢者が、屋内で熱中症になってしまうのでしょうか?そもそも私たちは全身の知覚神経の働きによって、暑さ寒さの気温の変化を感じ取っています。ところが、年を取るにつれ、この機能は少しずつ衰えていくのです。若い人と高齢者の温度の感じ方を比べると、高齢者の方が2℃〜4℃も感じ方が鈍くなることが分かっています。つまりS・Mさんは、暑さに強いと思い込んでいただけ。実際は、温度に対する感覚が鈍くなっていたのです。さらに、知覚神経が衰えると、喉の渇きを感じる働きも鈍くなります。その結果、水分を摂らなかったため、体内の水分が足りなくなり、汗をかけなくなったS・Mさんの体温は急上昇。加えて彼女の場合、もう一つ悪条件が重なっていました。それは糖尿病を患っていたこと。糖尿病や高血圧など生活習慣病を抱えていると、知覚神経や自律神経の衰えがいっそう進み、暑さ寒さを感じ取る機能が、極めて弱くなっていることが多いのです。こうして、暑さを感じず水分も摂らなかったS・Mさんは、結局、40℃近くにまでなった室内に居続けてしまいました。その結果、体に溜まった熱は排出されず上昇し続け、ついには、脳や中枢神経の働きを阻害。吐き気や倦怠感、そして意識障害という最悪の状態に陥ってしまったのです。娘さんの通報もあって、緊急の処置を受けることができたS・Mさん。1ヵ月後には無事退院し、現在は、気温と水分補給に気を付けながら、元気に暮らしています。