診察室
診察日:2007年11月20日
テーマ:「本当は怖い足の冷え〜無知の落とし穴〜」
「開腹せずに大動脈瘤を治す最新治療」

『本当は怖い足の冷え〜無知の落とし穴〜』

H・Mさん(女性)/58歳 専業主婦
テレビドラマと食べることが大好きで、殆ど体を動かしていなかったH・Mさん。前回の健康診断では、夫婦ともに総コレステロール値はほぼ同じ。そのため、基準値をオーバーしていたものの、夫から運動不足を指摘されても、タカをくくっていましたが、最近、右足だけがひどく冷えるのが気になっていました。3ヵ月後、ようやく日頃の運動不足を解消しようと夫が日課にしているウォーキングを始めることにしたH・Mさん。そんな彼女を更なる異変が襲い続けました。
(1)片足の冷え
(2)足が痛んで歩けなくなる
(3)靴ずれが悪化する
(4)眠れないほど足が痛む
閉塞性動脈硬化症(へいそくせいどうみゃくこうかしょう)
<なぜ、足の冷えから閉塞性動脈硬化症に?>
「閉塞性動脈硬化症」とは、足の血管で動脈硬化が進行。動脈が詰まることで、様々な症状が現われる病です。最悪の場合は、片足の切断も余儀なくされます。そもそも動脈硬化とは、血液中に過剰に増えたコレステロールが、血管壁に蓄積。血液の通り道が狭くなってしまう状態のこと。とはいえ、総コレステロール値はH・Mさんも夫も、同じくらい高かったはず。実は本当に注意すべきは、“あと二つの”コレステロール値だったのです!夫の場合、LDLと呼ばれるコレステロール量は135とギリギリだったのですが、基準値内でした。このLDLコレステロールこそ、血管壁に溜まり動脈硬化を引き起こすもの。そのため、悪玉コレステロールと呼ばれています。一方、夫のHDLと呼ばれるコレステロール量を見ると、なんと基準値の2倍、80もありました。実は、このHDLコレステロール、悪玉コレステロールが血管壁に溜まらぬよう清掃車のように回収する働きがあり、善玉コレステロールと呼ばれています。つまり夫は、大量の善玉コレステロールが悪玉コレステロールを回収していたため、動脈硬化を進行させずに済んでいたのです。ところが、H・Mさんの場合は、悪玉コレステロール値が非常に高くなっていた一方、カロリーの高い食生活によって善玉コレステロールはごくわずか。そのため、血管壁に溜まったコレステロールを回収できず、動脈硬化が急速に進行してしまったのです。しかし、そのことを知らなかったH・Mさんは、「肝心なのは総コレステロール値」と、大きな勘違いをしてしまったのです。こうした誤解を避けるため、日本動脈硬化学会が発表した新たな病名こそ「脂質異常症」。「高脂血症」の診断基準の中から、総コレステロール値を削除。名称を「脂質異常症」と改め、悪玉コレステロール、善玉コレステロール、中性脂肪という三つの基準に絞り込んだのです。もちろん、閉塞性動脈硬化症の原因は、脂質異常症だけではありません。長年の喫煙や、糖尿病、高血圧などの要因にも注意が必要なのです。
脂質異常症と診断される基準値
項目 異常値
LDL(悪玉)コレステロール 140mg以上
HDL(善玉)コレステロール 40mg未満
中性脂肪 150mg以上
※2007年4月に日本動脈硬化学会が発表した新基準

上記のうち、1つでも当てはまれば、「脂質異常症」です。
『開腹せずに大動脈瘤を治す最新治療』
T・Kさん(男性)/87歳
脂質異常症を長年放置したため、直径10cmという巨大な腹部大動脈瘤が出来てしまったT・Kさん。しかし、若い頃患った結核の後遺症で肺の働きが悪く、全身麻酔に耐えることができないため、開腹による治療は不可能と言われてきました。ところが、2007年4月、厚生労働省が動脈瘤の新しい治療法に保険を適用(開腹手術が推奨されない人に限る)。その画期的な治療法に一縷(いちる)の望みをかけ、T・Kさんは東京慈恵会医科大学病院を訪れました。
腹部大動脈瘤 ⇒ ステントグラフト手術により救われる
<開腹せずに大動脈瘤を治す最新治療「ステントグラフト手術」とは?>
「ステントグラフト手術」とは、ステントグラフトと呼ばれる人工血管を、お腹を切らず体内に入れる最新治療です。まず、足の付け根を通る2ヵ所の動脈から、道しるべとなるワイヤーを入れます。次に、そのワイヤーを利用して、ステントグラフトが入ったチューブを血管に差し入れます。そして動脈瘤に到達したところでチューブだけ外すと、形状を記憶したステントグラフトが広がるという仕組みです。内部から人工血管を張ることで、動脈瘤の破裂を防ぐ、まさに最先端のワザ。全身麻酔の必要がないこの手術だけが、T・Kさんに残された唯一の治療法なのです。そして、この手術の日本一の名手こそ、東京慈恵会医科大学病院血管外科、大木隆夫教授。12年前に単身渡米、アメリカで最先端のステントグラフト手術の開発に携わり、この手術法の第一人者に昇りつめました。そして、全米の外科医1500人が見つめる公開手術で、幾度となくメスを握るなど、大木先生の卓越した技術は現在世界中で注目されています。しかし、この手術法で1000人以上の患者を救ってきた大木先生は、今回の手術の難しさを痛感していました。実は手術前の検査で、T・Kさんの動脈瘤に大きな問題があることがわかったのです。まず動脈瘤が大きすぎて、動脈自体が大きく曲がってしまっていたこと。このままではステントグラフトを入れる際、大動脈を傷つけてしまう危険性があります。さらに、T・Kさんの大動脈瘤は一つではなく、二つあることが判明。この巨大な大動脈瘤全体をカバーするには、沢山のステントグラフトが必要となります。この難問に対し、大木先生の作戦は、通常、両足の付け根から入れられる二本のガイドワイヤー以外に、今回は右腕からもワイヤーを一本追加し、計3本を入れることに。そして右腕から入れたワイヤーと足から入れたワイヤーをつなぎ、1本にします。こうすれば、途中でステントグラフトが引っかかっても、ワイヤーを引っ張ることで先端の向きを変えることができるのです。さらに今回は、ステントグラフトとチューブが分かれた、曲がりやすい材質のものを使います。まずは、しなやかで曲がりやすいチューブ部分を挿入し、動脈瘤までの通路を確保。続いて、中身であるステントグラフト本体を差し入れ、動脈瘤がある位置で固定します。最後に、手元のヒモを引っ張ると、ステントグラフトを覆う特殊な膜が取れ、血管いっぱいに広がるのです。2007年10月19日、午前10時15分、手術開始。最終的に、T・Kさんに投入されたステントグラフトは、計6つ。今回の手術は、年間を通して一例あるかないかの記録的なものとなりました。4時間近い壮絶な戦いの末、大木先生は見事、T・Kさんの命を救ったのです。