診察室
診察日:2007年12月4日
テーマ:「本当は怖い喉の痛み<1>〜悪魔の悪戯〜」
「本当は怖い喉の痛み<2>〜声なき悪魔〜」

『本当は怖い喉の痛み<1>〜悪魔の悪戯〜』

S・Kさん(男性)/41歳 会社員
大手百貨店で働くS・Kさんは、特設お歳暮売り場の責任者。徹夜した翌日も残業し、ようやく終電に乗れたものの、目の前に激しく咳き込む乗客がいました。ここで風邪をひいたらまずいな、と思ったS・Kさんでしたが、その後、案の定、喉にイガイガした違和感を覚え、翌日になると、つばを飲み込むと喉にかなりの痛みを感じるように。病院で風邪と診断され、処方された薬を飲んでいたところ、体調はよくなりましたが、その後も様々な異変が続きました。
(1)喉の違和感
(2)つばを飲むと喉が痛む
(3)声がこもる
(4)息苦しい
(5)呼吸困難
急性喉頭蓋炎(きゅうせいこうとうがいえん)
<なぜ、喉の痛みから急性喉頭蓋炎に?>
「急性喉頭蓋炎」とは、ものを飲み込む時に気道をふさぐ役割をする喉頭蓋に風邪の菌が感染、急激に腫れることで呼吸困難に陥る病。最悪の場合、発症から数時間で窒息死してしまうこともある恐ろしい病です。年間患者数およそ1万4千人。これからの季節、特に気を付けなければならない病です。では、なぜ、S・Kさんはこの病になってしまったのでしょうか?その発端は、そう、あの電車の中。前の人の風邪の菌が飛沫(ひまつ)となって、S・Kさんの口の中へ。通常であれば、この菌は喉の入り口付近でとどまり、いわゆる風邪となりますが、S・Kさんの場合、運悪く、その奥の喉頭蓋にまで菌が進入してしまいました。それでも、通常の免疫力があれば抑え込むことができます。しかし彼は残業、残業の毎日。疲れで免疫力が落ちていたため、菌を抑え込めなくなっていたのです。喉頭蓋は、突き出し独立した器官。菌がここだけで局所的に増殖するため、他の粘膜よりも治りにくいのです。S・Kさんの場合も処方された薬で病状は幾分治まったものの、完全には治りきっていなかったのです。ここで医師の言う通り、再度病院へ行っていれば、さらなる検査で本当の病が発見されたかも知れません。ところが彼は、症状がやわらいだことで病院に行こうとはしませんでした。その結果、生き延びていた菌が猛烈な勢いで増殖。そして、声がこもるようになってしまったのです。これが、急性喉頭蓋炎の最大の特徴。この病になると、喉頭蓋が腫れて空気の通り道が狭くなるため、風邪のような鼻声や声のかすれではなく、声質がこもってしまうのです。そんな状態にもかかわらず、病を放置してしまったS・Kさん。喉頭蓋は急速に腫れ、完全に気道をふさぐまでに。そして、発症からわずか1週間で命を落とすことになってしまったのです。S・Kさんの場合は、電車の中での飛沫感染が発端でしたが、免疫力が落ちていると、体内に常在する菌でも急性喉頭蓋炎は発症すると言われます。ただの風邪とあなどるなかれ。声がこもるなどの症状が出たら、内科だけでなく耳鼻咽喉科を受診することが大切なのです。
『本当は怖い喉の痛み<2>〜声なき悪魔〜』
O・Yさん(女性)/54歳 保険外交員
ベテラン保険外交員のO・Yさんは、3年前に夫に先立たれ、現在一人暮らし。若い頃から貧血気味だったものの、生活に支障がある訳ではありませんでした。そんなある日、食べ物を飲み込んだ時に、何かが触れるような違和感を覚えたO・Yさん。さらに3ヵ月後、今度は喉に小骨が刺さったような痛みを感じます。魚の骨ならそのうち取れるだろうと特に気にしていませんでしたが、その後、息子夫婦と幸せな同居生活を始めたO・Yさんに、病魔は容赦なく襲いかかりました。
(1)喉の違和感
(2)喉に小骨が刺さったような痛み
(3)耳の奥にキュッとしまるような痛み
(4)喉に染みるような痛み
下咽頭癌(かいんとうがん)
<なぜ、喉の痛みから下咽頭癌に?>
下咽頭とは喉の一番下。この部分にできる癌が下咽頭癌です。原因は詳しくわかっていませんが、男性の方が女性より4〜5倍ほど多く、喫煙や飲酒などの刺激が大きく関係していると考えられています。しかし、O・Yさんは煙草も吸わず、お酒も週に1回程度。なのになぜ、この下咽頭癌に冒されてしまったのでしょうか。実はそれ以外にも、意外な危険因子があるのです。それが「貧血」。では、貧血の人がなぜ下咽頭癌になってしまうのか?鉄分には、粘膜を正常に保つ作用があります。つまりそれが欠乏すると逆に、粘膜に悪影響を及ぼすのです。この状態が全て病に直結する訳ではありませんが、人によっては潰瘍、そして癌へと発展してしまう事も。事実、女性の下咽頭癌患者のほとんどが長い間「鉄欠乏性貧血」を患っていた事がわかっています。O・Yさんの場合も、若い頃から何十年にもわたって貧血気味。喉の粘膜が徐々に変化していきました。しかしこれまで症状はほとんど出ず、半年前のあの飲み込んだ時の違和感が最初でした。これこそ潰瘍ができた証。食べ物が腫れた潰瘍にふれたことで起こったのです。しかしO・Yさんはそれを3ヵ月間も放っておいてしまいました。その結果、潰瘍は癌化。小骨が刺さったような痛みを感じるようになったのです。この時点で病院に行っていれば大事には至らなかったはず。しかしこれさえも見過ごしてしまったO・Yさん。癌はさらに進行し、あの耳の痛みに襲われたのです。あれは喉の痛みを耳で感じたもの。喉と耳の神経がつながっているために起こる、いわゆる放散痛でした。これは進行した下咽頭癌の特徴的な症状。このようにかなり進行しないと、症状がはっきりと表れないのです。事実、その70%程度が初診時には、すでに癌が咽頭に浸潤(しんじゅん)、または頸部リンパ節に転移していることが多いと言われています。O・Yさんの場合も、発見が遅かったため声帯ごと癌を切除しなければならず、結果、声を失うことになってしまったのです。現在、女性の2人に1人が「貧血」を患っていると言われます。もし、貧血の女性が、飲み込みづらいなど、喉に違和感を感じたら、注意が必要。ただの風邪と決めつけず、念のため耳鼻咽喉科を受診する事をお勧めします。