診察室
診察日:2008年2月19日
テーマ:「本当は怖い歯茎からの出血〜守られた悪魔〜」
「本当は怖い歯周病〜魔のツイスター〜」

『本当は怖い歯茎からの出血〜守られた悪魔〜』

O・Sさん(男性)/58歳 会社員
水道修理の会社に勤めるO・Sさんは、丁寧な仕事が評判ですが、自分の事にはてんで無頓着。お腹はぽっこり出ており、医者から注意されてもタバコもやめないまま。さらに10年も前から歯を磨くたびに歯茎から出血しているのに、お構いなしでした。そんなある日、娘から口が臭いと言われてショックを受けたO・Sさん。以来、毎食後きちんと歯を磨くようになったものの、すでに彼の体内では、ある恐ろしい病が進行していました。
(1)歯磨きすると歯茎から出血
(2)口が臭い
(3)胃のむかつき
(4)激しい胸の痛み
歯周病 ⇒ 心筋梗塞
<なぜ、歯茎の出血から心筋梗塞に?>
「心筋梗塞」とは、何らかの異変によって心臓に血液を送る血管が詰まり、心臓の筋肉が壊死。最悪の場合、命を失う恐ろしい病です。主な原因は、動脈硬化。O・Sさんも、長年の喫煙や高カロリーな食事などの生活習慣によって動脈硬化を起こしていたと考えられます。ところがO・Sさんの場合、詳しい検査の結果、血管の詰まった箇所から、意外な菌が発見されました。それが「歯周病菌」。なぜ、口の中の細菌が、心臓の血管に潜んでいたのでしょうか?そもそも、歯周病菌が引き起こす「歯周病」とは、歯と歯茎の間にある溝=歯周ポケットで歯周病菌が繁殖、歯茎に炎症が起きる病。日本人のおよそ7割がかかっていると考えられている国民病の一つです。実は昨年11月、アメリカで発表された論文で、重度の歯周病を患っていると心筋梗塞のリスクが高まる、という衝撃的な事実が判明しました。そしてそこには歯周病菌の驚くべき働きが関わっていたのです。歯磨き不足などがきっかけとなり、歯周ポケットに歯周病菌がたまり始めると、その毒素で歯茎が破壊され、歯周ポケットは徐々に深くなり出血を伴うようになります。さらに、この状態を放置すると「口臭が発生する」などの症状となって現れます。ここまで来ると、歯周病菌の一部は、リンパ管を経てなんと血管の中に侵入してしまいます。もちろん血管に入った歯周病菌の大部分は、白血球によって退治されます。ところが一部の歯周病菌は、白血球から逃れられる性質を持っているのです。その性質とは、なんと血小板に入り込むというもの。しかも歯周病菌が入り込むと、血小板は異常を起こし、互いに集まり固まりやすくなるといいます。つまり歯周病菌が入ることで血小板は、簡単に血栓を作ってしまうのです。O・Sさんも長年歯周病を放置した結果、歯周病菌が入りこんだ血小板が体内で増加。全身の血管を巡り、最後に流れ着いた場所こそが心臓だったのです。そして長年の悪い生活習慣から動脈硬化が起きていた場所に、血栓となって次々と付着。血管を完全に塞ぎ、心筋梗塞を引き起こしてしまったと考えられます。しかしO・Sさんは、口臭を指摘されて以来、毎食後、欠かさず歯磨きをしていたはず。なぜこんな事態を招くほど、歯周病を悪化させてしまったのでしょうか?歯周病菌は、歯周ポケットの浅いうちは歯磨きでもかき出せますが、ある程度歯周ポケットが深くなると、歯ブラシが届かなくなってしまいます。つまり歯周病が悪化したら、専門医の治療なしには治らないのです。だからこそ、口臭や歯茎の出血に気付いたら、迷わず歯科医で歯周病の治療を受けることが大切なのです。
『本当は怖い歯周病〜魔のツイスター〜』
I・Eさん(女性)/55歳 主婦
友人とのランチが趣味という主婦、I・Eさんは、最近ちょっと太り気味。美味しいものは食べたいけど痩せたいと願う彼女のもう一つの悩みは、歯を磨くと必ず血が出ることでした。そんなある日、少しは身体にいいことをしようとフラダンスを習い始めたI・Eさん。ところが、それから間もなく、なぜか頻繁に尿意を覚えるように。年のせいと片付けていたI・Eさんですが、その後も次々と気になる異変が現れました。
(1)頻尿
(2)喉の渇き
(3)食べ物が歯に挟まる
(4)こむら返り
(5)歯磨きしてないのに歯茎から出血
(6)強い倦怠感
歯周病 ⇒ 糖尿病
<なぜ、歯周病から糖尿病に?>
糖尿病」とは、何らかの原因によって血液中の糖分をエネルギーに変えるインスリンという物質の働きが低下し、血液中に糖分が溢れてしまう病。現在、日本での患者数は、予備軍を含めると1600万人以上に及ぶ国民病の一つです。主な原因と考えられているのは、高カロリーの食事や運動不足による肥満など。I・Eさんも、自分を健康だと信じて肥満状態を放置。その結果、血糖値は上がり続け、軽い糖尿病の域に達していたのです。とはいえ、彼女の糖尿病は、まだ症状もない、ごく初期のものでした。それがなぜ、たった半年で緊急入院するほど病状を悪化させてしまったのでしょうか?この謎を解く鍵こそ、「歯周病」に隠されていました。実は歯周病が糖尿病を悪化させることが、近年の研究で明らかになってきたのです。それだけではありません。糖尿病が悪化すると、今度は歯周病も悪化してしまうのです。I・Eさんを襲った「頻尿」や「喉の渇き」といった症状は、糖尿病の悪化によるもの。その後起きた「食べ物が歯に挟まる」という症状は、歯周病が悪化したもの。この2つの病は、お互いを悪化させていくという恐怖のスパイラルを作り出すのです。では一体なぜ、お互いが悪化してしまうのでしょうか?歯周ポケットに歯周病菌がたまると、免疫細胞である白血球が菌を退治しに集まってきます。この時、白血球が歯周病菌の出す毒素に触れることで、ある物質を放出するのです。その物質こそ、TNF-αと呼ばれるもの。そしてこのTNF-αには、なんと血液中のインスリンの働きを妨げてしまう作用があるのです。つまり、I・Eさんのように、歯周病でTNF-αを多く放出している場合、インスリンの働きが低下し、糖尿病が一気に進行してしまう場合があるのです。そして糖尿病が進行すると、当然、血糖値が高くなります。そうなると今度は、歯茎の毛細血管の血流が悪化。血液が行き渡らず、歯周病菌を退治できなくなってしまうのです。こうして歯周病による歯茎の炎症が悪化するにつれて、さらにTNF-αが多く放出され、糖尿病もますます悪化。この悪循環を繰り返し、ついにわずか半年でI・Eさんは、重度の糖尿病に倒れてしまったのです。