診察室
診察日:2008年5月20日
テーマ:「本当は怖い飲み込みにくさ〜ひび割れの器〜」

『本当は怖い飲み込みにくさ〜ひび割れの器〜』

A・Kさん(女性)/57歳(現在) 主婦(パート勤務)
子供も独立し、夫と楽しい第二の人生を送るはずだった主婦のA・Kさんは、この春から姑と同居。何かと気を使うことが多くなった上、パート先でも新人の教育係を任され気苦労が増えていました。そんなある日、あわてて食べた訳でもないのに、なぜかクッキーが喉につかえて飲み込みにくく感じたA・Kさん。それはほんの小さな異変に思われましたが、その後も新たな異変が次々と襲いかかりました。
(1)乾いた食べ物が飲み込みにくい
(2)歯に口紅がつく
(3)口が臭う
(4)舌が痛む
(5)味を感じない
ドライマウス(口腔乾燥症) ⇒ 味覚障害
<なぜ、飲み込みにくさから味覚障害に?>
「味覚障害」とは、舌の表面にある味蕾(みらい)という味覚を感じる器官が異常をきたし、食べ物本来の味を感じられなくなってしまう病気です。最大の原因は、極端な偏食などが引き起こす亜鉛不足。亜鉛が不足すると、味蕾(みらい)の新陳代謝が進まず機能が低下、味を感じられなくなります。しかしA・Kさんは、とりたてて偏食というわけではなかったはず。では何故、味覚障害になってしまったのでしょうか?実はその陰には、いま患者数が激増している、もうひとつの現代病が潜んでいました。それこそが、「ドライマウス(口腔乾燥症)」。「ドライマウス」とは、その名の通り、何らかの原因によって口の中が乾燥してしまう病。現在、日本人の潜在患者数は、およそ800万人。予備軍を含めると、実に3000万人以上がこの病にかかっていると考えられています。その原因は、唾液の分泌量の低下。そもそも唾液は、食べ物の消化を助けたり、口の中を清潔に保つなど、数多くの重要な役割を果たしている分泌液です。その分泌量は、実に一日約1.5リットル。ところが、詳しい検査の結果、A・Kさんの唾液量は、通常の10分の1にまで激減していました。一体なぜそんなことになってしまったのでしょうか?ドライマウスの原因は、薬の副作用や他の病など、実に多種多様。しかし彼女の場合、最近特に増えてきている、もうひとつ別の原因、ストレスが関係していたのです。そもそも唾液の分泌は、自律神経によってコントロールされています。リラックスして副交感神経が活発になると、唾液の量は増加。逆に緊張し、交感神経が活発になると減少します。結婚式のスピーチで口が渇くなどが、いい例です。A・Kさんの場合、介護やパート先の出来事が、ストレスとなって蓄積。自律神経のバランスが崩れ、交感神経が絶えず活発な状態になっていました。そのため、一日中、唾液の分泌が極端に悪い状態に陥っていたのです。結果、口の中が渇き、あの「乾いた食べ物が飲み込みにくい」という症状が現れました。あれは「クラッカーサイン」と呼ばれる、ドライマウスの最も典型的な初期症状だったのです。さらに唾液量の低下は、口の中の雑菌の増加という恐るべき事態を招きました。通常、口の中にいる常在菌は、唾液によって定期的に洗い流され、唾液の抗菌物質により一定量に抑えられています。しかし、唾液が減るとこの洗浄効果が低下。カンジダ菌というカビの一種が一気に増殖し、炎症を引き起こしてしまうのです。実際のドライマウスの患者さんの舌を見ると、カンジダ菌が増えた結果、白い苔のようなものが付いているのが判ります。これが「口臭」や「舌の痛み」の原因でした。この状態を放置した結果、ついに炎症は味を感じる味蕾(みらい)にまで及び、その機能が極端に低下。A・Kさんは、ほとんど味を感じることができなくなってしまったのです。味覚障害は、味蕾(みらい)が完全に壊れていなければ治る病気です。だからこそ、ドライマウスを早期発見することが何よりも大切なのです。