診察室
診察日:2008年5月27日
心臓を病から守る!心臓スペシャル
テーマ:「本当は怖い息切れ〜逆流地獄〜」
「患者の体と心に優しいポートアクセス心臓手術」

『本当は怖い息切れ〜逆流地獄〜』

Y・Hさん(女性)/54歳(現在) 主婦
カラオケと酒、そして食べることが大好きな主婦、Y・Hさんは、40歳を境に肥満がエスカレート。肥満解消のためには運動しかないと、腹筋やジョギングを始めました。しかし、1週間ほど経った頃、いつもの階段をあがっただけでなぜか息が切れてしまったY・Hさん。すべては肥満のせいと思っていましたが、その後も新たな異変が彼女に襲いかかりました。
(1)息切れ
(2)疲れやすい
(3)横になると息苦しくなる
(4)はげしい咳
(5)ピンク色のタンが出る
僧帽弁閉鎖不全症
<なぜ、息苦しさから僧帽弁閉鎖不全症に?>
心臓は4つの弁の働きによって、血液を一定の方向に流すことができます。「僧帽弁」とは、その4つの弁のうちの一つ。「僧帽弁閉鎖不全症」は、この僧帽弁が異常をおこし、きちんと閉じなくなることで血液の逆流が起きてしまう病。放置すると心不全を招き、最悪の場合、死に至ることもあります。健康な人の心臓は、弁がしっかり閉じ、血液をスムーズに流しています。一方、異常を起こした僧帽弁は、片方の弁がゆるみ、きちんと閉じないため、隙間から血液が逆流しているのです。僧帽弁を含む心臓の弁に何らかの異常があると考えられている人の数は、なんと100万人以上。しかも近年、50才以降で急激に増加しているのです。では、なぜY・Hさんはこの病に冒されてしまったのでしょうか?その根本的な原因は定かではありませんが、大きな要因として考えられるのが、心臓への負担のかけすぎ。Y・Hさんの場合は、例の肥満と、それに起因する高血圧が心臓に負担をかけ続けたと考えられます。肥満になると、脂肪が増えるため、より多くの血液を必要とします。すると心臓は大量の血液を全身に送ろうと、収縮のリズムを早め、結果、心臓の負担になるのです。さらに慢性的な肥満は、血管の動脈硬化を進めるため、より強い力で収縮するはめに。この高血圧の状態も負担の要因です。こうして、長年に渡って心臓に負担をかけ続けた結果、Y・Hさんの心臓では恐ろしいことが起きていました。僧帽弁には、血液の逆流が起きないように腱索と呼ばれるロープのようなものがついていますが、それが長年の血流の強い圧力で徐々に弱っていったのです。しかし、そうとは知らないY・Hさんは、大きな過ちを犯してしまいます。それこそが、あのよかれと思って始めた運動。高血圧の人が運動をすることは大切なのですが、それも度を越してしまうと、心臓はさらなるフル回転を強いられ、この病の引き金になってしまうことがあるのです。そして、弱っていたY・Hさんの腱索は、ついに伸びきってしまいました。そして血液が逆流。全身へ送られる血液が不足し始めたのです。こうして起きたのが、あの息切れという症状。しかし、それも肥満のせいと、運動を続けたY・Hさん。彼女の犯した過ちは、それだけではありませんでした。過度の飲酒です。実は飲酒も度が過ぎると、高血圧になることが統計的にわかっています。なのにY・Hさんは、お酒といえば肝臓とばかり考え、心臓のことなど全く頭にありませんでした。その結果、のびた腱索がついには切れてしまい、逆流はさらに加速、肺にまで影響を及ぼすように。そのため、あの猛烈な咳とともに、肺に逆流した血液が混じり、ピンク色のタンがでてしまったのです。僧帽弁閉鎖不全症など、心臓の病にならないためには、日頃からどんな生活習慣が、心臓の負担になるのかをしっかり理解し、心臓に過度の負担をかけないことが何よりも大切なのです。
『患者の体と心に優しいポートアクセス心臓手術』
S・Kさん(女性)/30歳(現在)  
2007年12月、病院で検査を受け、「僧帽弁閉鎖不全症」であることがわかったS・Kさん。地元の医師は、ここまま放置すれば命に関わる可能性も高いと判断。彼女に手術の必要を告げました。通常、この病は胸を20pほど開き、そこから直接心臓にメスを入れ、痛んだ僧帽弁を正常に機能させる手術が一般的です。S・Kさんもその手術を勧められましたが、胸を切りたくない彼女は思い悩みました。そんな時、S・Kさんは、画期的な治療法「ポートアクセス心臓手術」と出会ったのです。
僧帽弁閉鎖不全症 ⇒ ポートアクセス心臓手術により回復
<患者の体と心にやさしい「ポートアクセス心臓手術」>
「ポートアクセス心臓手術」とは、右胸の一部を約6センチほど切開するだけで行なう手術。肋骨と肋骨のすき間を利用し、その小さな穴から心臓にアプローチします。肉体的負担が少ないばかりでなく、傷跡も目立たないため、患者さんの精神的負担も軽減されるという画期的な手術。しかし、この時、従来の手術にはない困難も伴います。それは、患部から穴の入り口までが20センチ以上離れていること。全ての作業を20センチ先で行わなければならないということ。そのため、離れた場所でも作業がこなせる特殊な器具が不可欠。心臓血管外科の名医・四津先生は、これまで離れた場所での作業を可能にする「ノットプッシャー」といわれる器具の開発・改良に努めてきました。3月28日。ついに手術の時がやってきました。S・Kさんの心臓は僧帽弁を支える腱索が伸びきってしまい、弁の位置がずれていました。この腱索を正常に機能させなければなりません。そこで、まずは右胸をおよそ6センチ切って、心臓へアプローチ。次に心臓の動きを止める必要があるため、全身に血液を送る大動脈を遮断し、同時に心臓と肺の役割を担う人工心肺装置を稼動。こうすることで心臓を通さず、全身に血液を循環させることができるのです。その後、穴の入り口から20センチ先にある心臓にメスを入れ、僧帽弁へ。そこでまずは正常な腱索の長さを正確に測ります。そしてその長さに合わせ、丈夫な化学繊維を使った人工腱索を作成。これを伸びきった腱索の代わりに、乳頭筋と呼ばれる部分と僧帽弁に縫い付け、弁を正しい位置に引き戻すのです。ポートアクセス手術で最も高い技術が要求されるのがこの時。なぜなら人工腱索が縫い付けられる乳頭筋も僧帽弁も非常にもろく、ほんのわずかでも力の入れ具合を間違えれば、傷ついてしまうのです。しかも作業は全て20センチ先。果たして四津先生は手術を成功させることができるのでしょうか?午前10時15分、いよいよ手術開始。そして4時間半後、手術は無事終わり、S・Kさんの心臓は再び動き始めました。弁のギクシャクした動きも消え、逆流は全くなっていました。手術は成功したのです。5日後、手術後はじめて胸の傷あとを確認したS・Kさん。傷は乳房を持ち上げなければ見えないほどでした。ポートアクセス手術、それは患者さんの体にも心にも優しい最新治療なのです。