診察室
診察日:2008年6月10日
テーマ:「本当は怖い家庭での調理法〜思い込みの代償〜」
「名医が警告!食中毒を起こしやすい危険な行為」

『本当は怖い家庭での調理法〜思い込みの代償〜』

O・Yさん(女性)/54歳(現在) 主婦
生鮮食品の消費期限は厳しくチェックし、生肉なども十分加熱するように心がけていたO・Yさん。ここ数日、風邪で寝込んでいた彼女は、家族のために栄養のある手料理を作ろうと3日ぶりに台所に立ち、腕を振るいました。久しぶりの手料理に家族も大満足でしたが、3日後、O・Yさんは、発熱や吐き気、下痢などの症状に襲われます。
(1)発熱
(2)吐き気
(3)下痢
カンピロバクター食中毒
<食中毒に気を付けていたのに、なぜカンピロバクター食中毒に?>
「カンピロバクター」とは、様々な動物の腸に棲みついている、いわゆる常在菌。それが肉を食べるなど何らかの形で人体に入り、小腸や大腸に付着して増殖。様々な食中毒症状を引き起こすのです。毎年400件以上、およそ2000人が発症。近年、最も多発している食中毒です。多くの食中毒菌は、数万個近くが体内に入らない限り、食中毒を発症しません。しかし、カンピロバクターは感染力が強く、わずか数百個で食中毒を発症してしまうのです。とはいえ、彼女は食中毒には十分気を付けていたはず。にも関わらず、どうして感染してしまったのでしょうか?その答えは、一見完璧と思われた彼女の調理手順にありました。夕食のメニューと調理法を振り返ってみましょう。発症の前日は、サケの照り焼きと、きんぴらごぼう。しかし、魚にカンピロバクターは潜んでいません。ですから、この夕食が原因である可能性は、ゼロと考えていいでしょう。その前日、肉野菜炒めと里芋の煮物はどうでしょうか?豚の生肉には、カンピロバクターが付着していた可能性があります。しかし、豚肉はもろちん、その他の具材もすべて加熱調理しました。カンピロバクターは熱に弱いため、これで殺菌は万全。従って、この日の夕食も大丈夫と考えてよいでしょう。残るは3日前の鶏のから揚げと野菜サラダです。鶏肉にはカンピロバクターが付着していた可能性があります。しかしO・Yさんは、これもから揚げにしたため、カンピロバクターは完全に死滅したはず。では一体、どの食材に潜んでいたのでしょうか?犯人は、なんとあの野菜サラダ!思わぬところに盲点があったのです。調理手順を見ていきましょう。まず、食中毒の原因となったカンピロバクターは、こちらの鶏肉に付着していました。その鶏肉を包丁で切り、下味をつけた後、O・Yさんは、菌が付着した手・包丁の刃・まな板をしっかり洗剤で洗いました。ところが、ここに落とし穴が!O・Yさんは、この時、包丁の柄までは洗わなかったのです。実は生の鶏肉に触れた後で包丁を握った時、カンピロバクターが、なんと包丁の柄にも付着してしまいました。そのため、手を洗い、再び包丁を握った時点で、あのカンピロバクターが再度手に付着。そして切った生野菜を手で扱った瞬間、菌は野菜の表面へ。つまりカンピロバクターは、鶏肉→手→包丁の柄→手→生野菜という経路をたどって、野菜サラダの中へと潜入。これこそ『二次汚染』と呼ばれる、食中毒最大の落とし穴なのです!しかし、問題の野菜サラダは、他の家族も食べたはず。どうして彼女だけが、食中毒になってしまったのでしょうか?健康な状態であれば、多少カンピロバクターを摂取しても、めったに感染することはありません。でも、O・Yさんは風邪が治ったばかり。菌を退治する免疫機能がかなり落ちていたのです。この食中毒は、すぐに食中毒と分からないのも厄介なところ。症状が出るまでの潜伏期間が2日から5日と長く、それも発熱などから始まることが多いため、しばしば風邪と勘違いしてしまうのです。
『名医が警告!食中毒を起こしやすい危険な行為(1)』
Y・Eさん(男性)/−
育ち盛りの子供を抱えたY・Eさん一家。一番のご馳走は何といっても焼肉。父親のY・Eさんは、「焼肉奉行」として自分の箸で焼き肉を焼き、家族には触らせませんでした。その焼肉の晩から4日後、Y・Eさんはお腹を押さえ、のた打ち回ることになります。
(1)激しい腹痛
(2)下痢
腸管出血性大腸菌O157食中毒 
<なぜ、焼き肉を食べて腸管出血性大腸菌O157食中毒に?>
「腸管出血性大腸菌O157食中毒」とは、ベロ毒素と呼ばれる特殊な毒素を発生する大腸菌の仲間、O157によって引き起こされる食中毒。最長2週間という長い潜伏期間を経て、激しい腹痛、下痢が起きるのが特徴です。O157は、まれに生肉に含まれている菌ですが、充分に加熱をすれば、感染する危険はありません。ではY・Eさんは、なぜ感染してしまったのでしょうか?問題は、Y・Eさんが生肉をつまんだ箸で、そのまま焼いた肉を食べていた点にありました。焼肉奉行にありがちな「ジカ箸」が、生肉から箸、そして口という「二次汚染」を招いてしまったのです!厄介なことに、O157は数百個摂取しただけで発症するほど、感染力の高い食中毒菌。だからこそ、生肉を扱う時は、決して食べる時に使う箸を用いず、生肉専用の箸やトングを使うことが大切なのです。
『名医が警告!食中毒を起こしやすい危険な行為(2)』
K・Tさん(男性)/−
とある週末、共働きの妻を少しでも助けようと台所に立ったK・Tさん。この夜、仕込んだのは、得意料理のカレー。「カレーは一晩寝かせた方が美味い」と、作ったカレーは一晩そのままに。翌日の昼、温め直して夫婦で食べました。ところが、その日の夜、二人は腹痛と下痢に苦しむことになってしまったのです。
(1)腹痛
(2)下痢
ウェルシュ菌食中毒 
<なぜ、カレーを食べてウェルシュ菌食中毒に?>
「ウェルシュ菌食中毒」とは、動物の腸の中にいるウェルシュ菌と呼ばれる常在菌によって引き起こされる食中毒です。潜伏期間は、10時間前後。症状は下痢・腹部膨満感・腹痛などですが、比較的軽症ですみます。今回の場合、ウェルシュ菌はカレーに使った肉に付着していたと考えられます。しかし通常、肉に付いた程度の菌で発症に至ることはありません。では、何がいけなかったのでしょうか?それこそが、あの作り置きという行為。実はウェルシュ菌には、厄介な特徴があります。その一つが、100度の熱でも完全には死滅しないということ。沸騰させても、生き延びる菌がいるのです。あの鍋の中にも、まだ少数のウェルシュ菌がしぶとく残っていました。そして2つ目の特徴が、43度から47度の間の酸素のない環境で急激に増殖するということ。その最も危険な環境が、いったん煮込んで放置したカレーの中だったのです。酸素に触れない部分が多く、冷えるスピードが遅い大きな寸胴鍋の底こそ、ウェルシュ菌にとって絶好の温床でした。こうして、放置した寸胴鍋の中で、ウェルシュ菌は一晩かけて爆発的に増殖。しかも温めても、こげつかないように、K・Tさんは、十分沸騰させませんでした。そのため膨大なウェルシュ菌は、ほとんど殺菌されないまま体内へ。夫婦そろって食中毒の餌食となってしまったのです。