診察日:2008年7月22日
高齢者が気をつける病気スペシャル
テーマ:「本当は怖い出不精〜思いやりの落とし穴〜」
「本当は怖い物忘れ〜巧妙なるワナ〜」
「本当は怖い出不精〜思いやりの落とし穴〜」
K・Yさん(女性)/74歳(発症当時)
無職
3年前に夫を亡くして以来、田舎で一人頑張ってきたK・Yさんは、東京の長男一家と同居するようになってから生活が一変。買い物や家事はすべて嫁が面倒をみてくれる上、持病の関節痛もあって殆ど外出しないように。食生活では肉類などしっかり噛まなければいけないものは敬遠するようになっていました。そんな中、ちょっとした段差でつまずいたのを機に、転んで寝たきりになるのを恐れ、ますます部屋に閉じこもりがちになったK・Yさん。その後も異変は続きました。
(1)ちょっとした段差でつまずく
(2)立ちくらみ
(3)起き上がれない
廃用症候群(はいようしょうこうぐん)
<なぜ、出不精から廃用症候群に?>
「廃用症候群」とは、足腰の筋肉が衰えることで、内臓や脳などの機能も低下、最悪の場合、寝たきりになってしまうこともある恐ろしい病気です。ではなぜK・Yさんは、自分で立てなくなる程、筋力の低下を招いてしまったのでしょうか?その最大の原因は、家から殆ど出ることがなくなってしまった、あの「閉じこもり」にありました。「閉じこもり」とは、週に1回以下しか外出しない生活状態のこと。元々、膝が悪く出不精だったK・Yさんでしたが、何でもやってくれる息子夫婦の気遣いと引越しによる新たな環境が、彼女をますます「閉じこもり」にさせ、足腰の筋力を著しく弱らせてしまったのです。事実、高齢者を2年間追跡調査した報告でも、閉じこもりの人の歩行障害のリスクは、そうでない人の4倍という結果が出ています。さらに彼女の筋力低下にはもう一つ、意外な要因がありました。「噛む力の低下」です。詳しいメカニズムはわかっていませんが、あごの筋肉が減り、噛む力が衰えると、足腰の筋肉が減り、足腰の筋肉が減ると、今度はあごの筋肉が減る。2つの筋肉は、そんな密接な関係にあることが統計的に証明されているのです。実はK・Yさんが好んで食べていた野菜の煮物などに必要な噛む力は、肉類に比べると、わずか9分の1程度。つまり柔らかい食べ物に偏った食生活が、あごの筋力低下を招き、ひいては足腰の筋力低下につながったと考えられるのです。さらに肉類を食べないと、タンパク質やコレステロールも不足。体は減り続ける筋肉を補うことが出来ず、彼女は、ちょっとした段差でもつまずくようになり、心臓の血圧調節機能が低下することで、「立ちくらみ」に襲われるようになったのです。そんなK・Yさんに、とどめを刺したのが風邪でした。下半身の筋肉は、ベッドなどで安静にしていると急激に低下します。その低下率は、1週間の安静で20%。2週間で40%、3週間では、なんと60%も低下するといいます。こうして彼女は、ついに立ちあがる筋力すら失ってしまったのです。その後、懸命にリハビリを重ね、何とか歩けるようになったK・Yさん。今では、自ら積極的に外出し、元気な毎日を送っています。高齢者にとって大切なのは、日々の外出と食生活。肉類などもバランスよく食べ、毎日しっかり出歩くことが、健康長寿のもとなのです。
「本当は怖い物忘れ〜巧妙なるワナ〜」
Y・Sさん(女性)/68歳(発症当時)
銀行員
Y・Sさんは、半年前に夫と死別。もともと生真面目な彼女は、たまに娘が様子を見にきても寂しい素振りも見せず、趣味の生け花に打ち込んでいましたが、ある日、娘婿の名前をど忘れしてしまいました。それから半月後、今度はそれまであまりなかった肩こりを感じるようになったY・Sさん。その後も、様々な異変が彼女に襲いかかりました。
(1)物忘れ
(2)肩こり
(3)食欲不振
(4)不眠
(5)片付けられない
(6)趣味をやめてしまう
老年期うつ病
<なぜ、物忘れから老年期うつ病に?>
「老年期うつ病」とは、その名の通り、高齢者に起きるうつ病のこと。最悪の場合、自ら命を絶つこともある心の病です。この10年、毎年3万人を超えている日本の自殺者。その3分の1は、60歳以上の人です。そして彼らを死に追いやった最大の原因こそ、この老年期うつ病だと考えられるのです。発症の引き金となるのは、何らかの「大きな環境の変化」。Y・Sさんの場合は、夫の死による喪失感が原因だったと考えられます。とはいえ、環境の変化だけで、誰もがこの病になるわけではありません。彼女には、この病になりやすい、もう1つの大きな要因がありました。それが性格。生真面目で几帳面な人ほど、環境の変化によるストレスをまともに受け、この病を発症しやすいのです。では、最悪の事態を招かないために、出来ることはないのでしょうか?それは、この病の3つの特徴を知り、早期発見すること。第1の特徴は、物忘れなど認知症によく似た症状が出ること。この病になると、脳で様々な情報をやり取りする神経伝達物質が減少。そのため、脳の機能が低下してしまいます。結果、物忘れなど認知症によく似た症状が起きてしまうのです。2つ目の特徴は、肩こりや食欲不振、さらには不眠といった体の異変が現れること。脳の機能低下は、自律神経や内分泌系などにも大きな影響を与えるため、内臓など全身の様々な異常を招いてしまうのです。そして3つ目の特徴こそ、きれい好きな人がすぼらになったり、大好きな趣味をやめてしまうといった行動の変化。こうした興味があったことをしなくなる行動の変化が、この病の最も重要なサインなのです。しかし、そうとは知らないY・Sさんも娘も、すべては年のせいと片付けてしまいました。これこそが、この病の大きな落とし穴。老年期うつ病は、「物忘れ」や「肩こり」といった年をとれば誰にでもおきやすい症状から始まるため、見過ごしてしまうことが多いのです。その後、Y・Sさんは、抗うつ剤の投与で病を克服。今では元気に趣味の生け花に精を出す毎日です。老年期うつ病は、薬によって治る病。そのためにも、この病の特徴をよく知り、早期発見することが何よりも大切なのです。