診察室
診察日:2008年9月9日
テーマ:「本当は怖いアゴの痛み〜外されたエンゲージリング〜」
「本当は怖い口の開けづらさ〜忍び寄る開かずの扉〜」

『本当は怖いアゴの痛み〜外されたエンゲージリング〜』

S・Eさん(女性)/37歳 OL
念願の結婚を半年後に控え、ハネムーンの休暇を取るために毎日残業することにしたS・Eさん。その日もオフィスで長時間のパソコン作業に追われていましたが、大あくびをした時に、ズキッとうずくような痛みをアゴの付け根辺りに感じました。痛みを感じたのは一瞬だったため、大したことないだろうと思ったS・Eさん。しかし、その後も気になる異変が続いたのです。
(1)アゴの痛み
(2)アゴから関節を鳴らしたような奇妙な音がする
(3)にぎり寿司くらいの大きさの物が口に入らない
(4)アゴに釘を打ち込まれたような激痛
顎関節症(がくかんせつしょう)
<なぜ、アゴの痛みから顎関節症に?>
「顎関節症」とは、何らかの原因でアゴにかかった大きな負担から、痛みや音が出るといった異変が発生。最終的には、口がほとんど開かなくなってしまう病のこと。潜在患者数は、日本人のなんと2人に1人。20代から30代の女性に多く見られる病です。 では、なぜ口が開かなくなってしまうのでしょうか?実はこの病は、口の中の「関節円板」と呼ばれる部分に異変が生じると発症するのです。関節円板とは、スムーズに口を開け閉めするために、アゴの関節の間でクッションの役目を果たす柔らかい組織のこと。しかし、この病を発症すると、関節円板が本来の位置からずれてしまい、口が開けづらくなっていくのです。 なぜこんな事態が起きてしまうのか、原因はまだ完全には分かっていませんが、近年、ある生活習慣が注目され始めています。それは、精神的ストレスによる長時間の歯の噛み締め行為。なんと一度の噛み締め行為で、アゴには50kgもの負荷がかかると言われています。S・Eさんの場合も、連日、長時間に及ぶパソコン作業で精神的ストレスが蓄積。無意識のうちに歯を噛み締め続けていたと考えられます。すると、関節円板は圧迫され続け、やがて周辺の組織に炎症を引き起こします。 最初に現れたアゴの痛みはこの炎症が原因であり、この痛みこそ顎関節症を発症したサインだったのです。もしこの時点で専門医の診断を受けていれば、彼女の病は問題なく完治したはず。 ところが炎症を起こした組織は、時間とともに沈静化。すると痛みも消え、S・Eさんは異変が治ったものと勘違いし、結果、彼女の関節円板への負担はますます蓄積。徐々に前方へと押し出されていったのです。こうして生じた異変こそ、アゴが発したあの奇妙な音。これは大きく口を開けた拍子に、ずれていた関節円板が、一時的に元の位置に戻った音だったのです。 その後も、絶え間ない圧迫がかかり続けたS・Eさんのアゴは、ついに関節円板が前方へと脱落。口を開けようとするアゴの動きを邪魔してしまいました。その結果起きたのが、握り寿司が一口で食べられないという異常事態でした。 それでも強引に口を開けようとしたS・Eさん。次の瞬間、アゴの付け根に無理な力がかかり、猛烈な痛みが発生。彼女はその場で、倒れてしまったのです。この病の最も恐ろしいところは、S・Eさんのように、ある日突然、関節円板が完全に脱落、いきなり口が開かなくなってしまうということ。だからこそ、アゴに異常を感じたら、すぐに専門医の診断を受けることが大切なのです。
『本当は怖い口の開けづらさ〜忍び寄る開かずの扉〜』
T・Tさん(男性)/71歳(発症当時) 無職
定年後、趣味のソフトボールチームを楽しむなど第二の人生を満喫していたT・Tさん。これまで一度も大きな病気にかかったことがないのが自慢でしたが、最近、おにぎりを食べようとした時など妙に口が開けづらいのを感じていました。数ヵ月後、虫歯治療のために訪れた歯科医院でも口が大きく開かなかったT・Tさん。その様子をみた歯科医師は、「顎関節症」を疑い、T・Tさんに大学病院の専門医を紹介。大阪歯科大学附属病院病院長の覚道健治(かくどうけんじ)先生による診察とMRI検査によって、T・Tさんを蝕む病の正体が明らかになりました。
(1)口が開けづらい
(2)歯の治療が出来ない程、口が開かない
咀嚼筋腱・腱膜過形成症(そしゃくきんけん・けんまくかけいせいしょう)
<なぜ、咀嚼筋腱・腱膜過形成症に?>
病名「咀嚼筋腱・腱膜過形成症」。そもそも私たちは、咀嚼筋と呼ばれる4つの筋肉を動かすことで、口を開け閉めしたり、物を食べたりしています。ところがこの病になると、4つの咀嚼筋と骨をつなぐ腱(けん)と呼ばれる硬い組織が異常発生。咀嚼筋を覆いつくし、筋肉の動きをさまたげるため、口が開きにくくなってしまうのです。T・Tさんの場合は、頭部に位置する咀嚼筋の腱が異常発生。その結果、口が2cm程度にしか開かなくなっていたのです。 この病の最も厄介な点は、「口が開けづらい」という症状から、「顎関節症」と誤って診断されてしまう危険性があるということ。現在、日本人の2人に1人といわれる顎関節症の潜在患者の中にも、実際はこの病を患っている人が少なくないと考えられるのです。残念ながら、この病の原因は未だに不明。治療法も手術以外には見つかっていません。

今回、T・Tさんが受けた手術は、腱で固まってしまった筋肉と骨の間を切除。残った健康な咀嚼筋で口の動きを代用させるというものです。T・Tさんは、手術のおかげで、2cmほどしか開かなかった口が5p程度まで開くようになりました。現在では、以前のように大きく口を開け、食事が出来るようになりました。