診察室
診察日:2009年1月27日
テーマ:「冬場 家の中で気をつける病(1)〜本当は怖いお風呂の温度〜」
「冬場 家の中で気をつける病(2)〜蠢く悪魔〜」

『冬場 家の中で気をつける病(1)〜本当は怖いお風呂の温度〜』

S・Kさん(男性)/65歳 大工の棟梁
S・Kさんの冬場の楽しみは、晩酌と就寝前の長風呂。最近受けた健康診断で、悪玉コレステロールの値がやや高いという結果が出ましたが、若い頃から病気知らずのため、健康には絶大な自信を持っていました。そんなある日、いつもの様に晩酌の後、たっぷり30分かけて風呂に入って上がったところ、軽いめまいに襲われました。それはほんの数秒のことで、ちょっと飲み過ぎたくらいに思っていましたが、その後も気になる異変が続いたのです。
(1)めまい
(2)手のしびれ
(3)左半身が動かない
脳梗塞
<なぜ、風呂の温度から脳梗塞に?>
 「脳梗塞」とは、脳の血管が詰まり、血液の届かなくなった組織が壊死。最悪の場合、死に至ることもある恐ろしい病です。では健康に自信があったS・Kさんが、何故この病になってしまったのでしょうか?
  確かに65歳という年齢も手伝って、血管は軽い動脈硬化に。さらに悪玉コレステロール値も高めと指摘されていました。でも、この程度は年相応、脳梗塞の大きな要因とはいえません。最大の原因は、あの「長風呂」「お湯の温度」にありました。
  まずは「長風呂」。熱いお風呂に長時間入っていると、私たちの体内で「深部体温」が急上昇します。「深部体温」とは、脇の下など皮膚の表面ではなく、内臓など身体の内部の温度のことで、健康状態をチェックする指標となる重要な体温です。
  ある研究データによれば、41度のお湯に30分浸かると、通常37度の深部体温が39度にまで上昇するという結果が出ています。この39度という深部体温こそ、実は真夏の炎天下で重度の熱中症になっているのと同じ、危険な脱水状態。全身の血液がドロドロに濃縮し、脳梗塞を引き起こしやすくなっているのです。毎晩、41度のお湯に30分も浸かっていた彼は、まさにこの状態でした。
  次に、「お湯の温度」。左半身が動かなくなった日は、いつもより1度高い42度に設定したS・Kさん。この1度が、決定的な事態を招いてしまった可能性があるのです。実はつい最近、42度のお湯に入っていると、ある物質が血管内に放出されるという実験結果が発表されました。その物質の名は、『PAI(パイ)』。
  PAIとは、血管壁の中に存在する細胞物質のこと。出血すると、血液中に大量に放出され、血小板を刺激し結合しやすくさせます。本来は止血のための物質なのですが、42度以上のお湯に浸かっていると、体表近くの毛細血管が刺激を受け、出血したときと同様、大量のPAIが血管内に出てしまうのです。そう、ちょっと熱めのお風呂に入ると、なんと血液が固まりやすくなってしまうというのです。
  そんな状態だったにも関わらず、暑い風呂場から寒い脱衣所へ。この時、急激な温度変化で血管は一気に収縮。血栓を押し流し、ついに脳の血管が完全に詰まってしまったと考えられるのです。
一般的に年齢が高くなるほど、暑さや寒さに対する感受性は低下するため、浴槽の水温は高く、入浴時間も長くなりがち。だからこそ中高年の方には、「少しぬるめ」と感じる程度での入浴が、勧められているのです。
『冬場 家の中で気をつける病(2)〜蠢く悪魔〜』
H・Yさん(女性)/42歳 主婦
自称インドア派で、季節ごとに模様替えをしてはマイホームの暮らしを楽しんでいたH・Yさん。本格的な寒さの到来とともに、ますます屋内で過ごすことが多くなっていましたが、ある日、暖かいリビングで一息ついた時、ふくらはぎにむずむずするような違和感を覚えました。しかし、その奇妙な足のむずがゆさはいつの間にか消えていたため、特に気には留めませんでした。ところが、足のかゆみは続き、どんどん範囲が広がっていったのです。
(1)ふくらはぎの奥のほうがむずがゆい
(2)ふくらはぎからかかとまで、むずがゆくなる
(3)寝ていると、足全体がむずむずする
(4)昼間も足がむずむずする
(5)肩がむずむずする
むずむず脚症候群
<なぜ、むずむず脚症候群に?>
 「むずむず脚症候群」とは、じっと座っている時や横になっている時に、ふくらはぎ周辺の筋肉にむずがゆさを感じ、脚を動かしたい欲求に襲われる病のこと。脳から出る「ドーパミン」という物質が深く関わっていると言われます。
  ドーパミンの役割は、運動や感覚などの信号を脳から筋肉に伝えること。しかし、「むずむず脚症候群」になると、ドーパミンに異常が発生し、筋肉に正しく信号が伝わらず、思う通りに動かしたり止まったりできなくなります。脚を動かした後、症状が治まったのは、筋肉の運動によって一時的にこの信号が正しく伝わったためでした。
  「むずむず脚症候群」は、日本国内の患者数は症状の軽い人まで含めると、実に200万人以上いると推定されています。しかも40歳以上の女性に多い病なのです。そして、この病の最も厄介な点は、何気ない症状から始まるため、なかなか病の存在に気付かないということ。そのため、自分が病気であると気付かぬまま、不眠やストレスでうつ病を併発するケースも少なくないのです。
  H・Yさんの場合も、ごく軽い「むずがゆさ」に始まり、短期間で次々と症状が現われました。しかし振り返ってみると、そこにはある共通点が・・・。リビングのヒーターの前、お風呂のお湯の中、ベッドの中、こたつの中と、いずれも脚を温めていました。詳しいメカニズムは分かっていませんが、「むずむず脚症候群」は、じっと動かずに脚が温まった時、つまり冬場に症状が多発する病なのです。
「むずむず脚症候群」は、早めに発見し投薬治療を行えば、速やかな改善が見込める病。だからこそ、症状が出やすい今この時期が、早期発見の絶好機なのです。