診察室
診察日:2009年6月30日
私なら救える!絶望の淵から患者を救う名医スペシャル
テーマ:『本当は怖い鼻血〜頭の中の爆弾〜』
『本当は怖い膝の違和感〜盛田幸妃さんの場合〜』
『症例 心室細動〜突然死を防ぐ方法〜』

『本当は怖い鼻血〜頭の中の爆弾〜』

W・Sさん(男性)/21歳 学生
とある地方都市に暮らすW・Sさんは、大学受験を控え勉強に励んでいた時、突然鼻血が毎日のように続くようになりました。幼い頃から鼻血が出やすかった彼は、体質だから仕方ないと考えていましたが、やがて頭が重く、身体がだるいなどの症状にも襲われるように。その後、大学入学から半年後に、次々と異変が現れます。
(1)鼻血
(2)頭が重い
(3)右目のかすみ
(4)鼻づまり
(5)右目が少し飛び出す
(6)右目と右頬が大きく飛び出す
若年性鼻咽腔血管線維腫(じゃくねんせいびいんくうけっかんせんいしゅ)
<なぜ、鼻血から若年性鼻咽腔血管線維腫に?>
 「若年性鼻咽腔血管線維腫」とは、鼻の奥、頭蓋底と呼ばれる頭蓋骨の底に、腫瘍ができる病。転移することはないため、良性の腫瘍と考えられています。
しかし、この病気が恐ろしいのは、腫瘍が周囲の骨を溶かしながら大きくなり、視神経など脳の大事な神経を破壊してしまうこと。ゆっくりと進行することが多い病ですが、時にW・Sさんのように3年で10センチという驚異的なスピードで大きさを増すこともあります。そのまま放っておけば、腫瘍は頭蓋骨の底を突き破り、脳を圧迫。意識障害などを引き起こし、生命に危険を及ぼすこともある恐ろしい病なのです。
発症の詳しい原因はまだわかっていませんが、小学校高学年から高校生くらいにかけての思春期、それも男性に起こることが多いため、男性ホルモンが関係していると考えられおり、日本での発症人数は年間20人ほどという非常に珍しい病です。W・Sさんは、東京医科歯科大学頭頸部外科教授、岸本誠司先生を始めとする各科の名医による腫瘍の摘出手術を受けることになりました。
<W・Sさんが受けた腫瘍の摘出手術、「フェイシャルディスマスキング法」とは?>
 「フェイシャルディスマスキング法」とは、顔の3分の2もの皮膚を、顔面神経ごとはがすという大胆なもの。岸本先生は、元々形成外科で行われていたこの手術法を取り入れ、飛躍的に腫瘍摘出の可能性を向上させたのです。顔を大きく開くことで、顔の底にある大きな腫瘍を取り残すことなく、摘出することが可能な手術法。さらに顔面麻痺などの後遺症や、傷もほとんど残らないといいます。
2008年10月6日、ついに手術を受けることになったW・Sさん。まず形成外科チームがフェイシャルディスマスキング法で頭蓋骨を露出させることから始められました。
次に脳神経外科チームが、頭蓋骨の一部を取り外し、そこから脳に食い込んだ部分の腫瘍を摘出します。脳に食い込んでいた腫瘍は、およそ3センチ。血管や神経を傷つけないよう、電気メスで焼き切りながら、慎重に腫瘍をはがしていきます。そして、9時間もかけて、脳に食い込んだ部分の摘出が終了。
いよいよ岸本先生ら頭頸部外科チームによる、頭頸部の腫瘍摘出です。岸本先生が右頬骨と頭蓋底の一部を外すと、ソフトボールほどもある腫瘍の本体が現れました。腫瘍が骨にがっしりと食い込み、癒着部分にメスを入れることができないため、岸本先生は自らの指を使って腫瘍をはがしにかかりました。メスを無理やり入れ正常な組織を傷つけるより、長年培った感覚で腫瘍をはがす方法を選んだのです。そして、腫瘍が溶かしてしまった大きな隙間には、術後の感染に強いとされるお腹の筋肉が移植されました。
最後に顔を戻し、20時間にも及ぶ大手術は、無事終了したのです。

『本当は怖い膝の違和感〜盛田幸妃さんの場合〜』

盛田幸妃さん(男性)/28歳(発症当時) 野球選手
横浜ベイスターズがまだ大洋ホエールズだった時代、大魔神・佐々木主浩投手とともに、ダブルストッパーとして活躍した盛田幸妃さん。その後、大阪近鉄バファローズに移籍した彼は、1998年5月、大阪ドームでの試合中に右膝に妙な違和感を覚えます。その翌月、眠りについたとき、右足首が突然震え出した盛田さん。その後も、更なる異変が彼を襲い続けました。
(1)右膝の違和感
(2)右足首の痙攣
(3)右膝下の力が抜ける
(4)右足の激しい痙攣
髄膜腫(ずいまくしゅ)
<なぜ、膝の違和感から髄膜腫に?>
 「髄膜腫」とは脳腫瘍の一種で、何らかの原因で脳を守る膜から生じる腫瘍のこと。腫瘍が圧迫する脳の場所によって、様々な症状が起こります。
盛田さんの場合は、前頭葉の一部、右半身の運動を司る運動野に腫瘍ができていました。そのため、右足膝下に痙攣などの異常が出たのです。しかし、髄膜腫のほとんどは良性で転移することはなく、手術で取り除くことができれば予後はいいと言われています。
なぜ腫瘍ができるのか、詳しい原因はまだわかっていません。ただ、20歳以上になると1万人に1人の割合で発症すると言われています。盛田さんは、当時横浜南共済病院脳神経外科部長だった桑名信匡先生(※現在は東京共済病院院長)のもとで腫瘍の摘出手術を受けることになりました。
<盛田さんが受けた腫瘍の摘出手術とは?>
 盛田さんの腫瘍には、2つの深刻な問題がありました。1つ目の問題は、上矢状洞(じょうしじょうどう)という髄膜の中を通る太い血管の壁から腫瘍が発生していたこと。この血管を傷つければ、すぐに大出血を起こします。
2つ目の問題は、運動野の真ん中に腫瘍ができていることでした。そこは野球選手にとって命ともいえる運動機能を司る場所。わずかでも傷つければ、確実に後遺症が残ってしまいます。そう、盛田さんの腫瘍は、少しも傷をつけることができない箇所に囲まれていたのです。
手術では、なんとしても太い血管と運動野を守らなくてはなりません。そこで、腫瘍を少しずつ切り離し、その隙間に綿を挿入。太い血管と運動野を守りながら腫瘍を摘出していく方法がとられることになりました。これを幾度となく繰り返し、ようやく腫瘍の全摘出ができるのです。しかし、盛田さんの腫瘍は脳の中心に達しそうなほど巨大化し、手術は途方もなく長く、大変なものになることが予想されました。
手術が行われたのは、1998年9月10日。まず脳を露出させるために、頭蓋骨にドリルで穴を開け、それを線でつなぐように頭蓋骨を切り取ることから始まりました。上矢状洞から腫瘍を少しずつ切り離します。この時、桑名先生が使うのが、第一のワザ「バイポーラピンセット」と呼ばれるもの。先端に電極がついているピンセットを使い、癒着した腫瘍を焼いて切り離します。
第二のワザは、「手術顕微鏡」。高さ2メートルの巨大な顕微鏡を使い、患部を12倍にまで拡大しながら数ミリ単位の作業をこなす集中力こそが、先生の真骨頂です。30分以上かけ、癒着部分を5ミリほど太い血管からはがしたら、綿を挿入します。こうして少しずつ、太い血管の安全を確保。血管と腫瘍の境界を明確にしていきます。
そして第三のワザが「超音波手術器」。機械内部で発生する超音波が、1秒間に2万5千回もの振動を腫瘍に与えると、腫瘍は液化し吸い取れるようになるのです。とはいえ、1時間で吸い取れる腫瘍の深さは、およそ1cm。太い血管を守りながら繊細な作業を続け、ようやく腫瘍が姿を現しました。そして、ついに10時間に渡った腫瘍の摘出手術は、無事成功。盛田さんはその後、1年に及ぶリハビリを経て、マウンドへの復活を果たしたのです。

『症例 心室細動〜突然死を防ぐ方法〜』

W・Sさん(男性)/61歳 サラリーマン
東京近郊に住むW・Sさんは、2007年2月、東京マラソンを走っていた最中に、突然めまいに襲われ、意識を失ってしまいました。この時、彼の心臓は痙攣を起こし、心肺停止とほぼ同じ状態。生死は時間との戦いで、できれば5分以内、遅くとも9分以内にAEDで電気ショックを与えなければ絶命という危機に陥りました。その時、最悪の事態を回避してくれたのは、周囲にいた人々のとっさの行動でした。
心室細動(しんしつさいどう)
<なぜ、W・Sさんは九死に一生を得られたのか?>
 午後2時52分、突然倒れたW・Sさんの異変に気付き、すぐさま後続のランナーが駆け寄ります。男性は、消防署で働く現役の救急救命士。口をパクパク動かしているW・Sさんの様子を見た彼は、それが呼吸ではないと判定。周囲の人にAEDと救急車を要請し、すぐさま人工呼吸と胸骨圧迫、いわゆる心臓マッサージを始めたのです。
1分後、近くにいた救護スタッフが、AEDを持って到着すると、ただちに装着にとりかかります。さらに1分後、ゴール付近にいた別の救護スタッフも駆けつけました。こうして、総勢10名でAED、人工呼吸、胸骨圧迫を分担し、救護にあたりました。AEDは、渡部さんの心電図を瞬時に解析。「電気ショックが必要です」という指示を出しました、時刻は午後2時58分。救急救命士が、電気ショックを与えると、W・Sさんの細かい震えが無くなりました。心臓のけいれん、心室細動が、なんとか治まったのです。その7分後、救急車が到着し救命救急センターへと運ばれました。
W・Sさんが九死に一生を得たのは、速やかなAEDの装着。しかし、大きなポイントが実はもう一つありました。それが「胸骨圧迫」です。
心肺停止の状態が危険なのは、脳に酸素がいかなくなること。脳細胞は酸欠に弱く、5分程度で細胞の壊死が始まります。それを防ぐには、ポンプの役割を果たせなくなった心臓を、外部から押し、脳への血流を途絶えさせないこと。つまり、胸骨圧迫は、脳へ血液を送る作業なのです。
心室細動からの時間経過と救命率のグラフを見ると、なにも処置をしない場合に比べ、胸骨圧迫を行った場合は生存率が実に2倍〜3倍に跳ね上がっています。心室細動に陥った人の生死の明暗を分けるのは、AEDと胸骨圧迫なのです。
AEDを利用した救命処置方法