月〜金曜日 21時54分〜22時00分


大阪・中之島界隈

 大阪の経済、文化の中心地になっているのが、中之島を中心にした中之島界隈。 大阪、関西の経済の中枢機能がここに集まり、情報はここから発信されているとも言 える。一方、中之島公園は市民やビジネスマンらの憩いの場で、中之島は大阪を代表 する顔でもある。


 
中之島に沿って 放送 2月7日(月)
大阪市中央公会堂 中之島は東の天神橋から西の船津橋・端建蔵橋まで、堂島川と土佐堀川に挟まれ た東西約3kmの島。この中之島界隈には明治、大正、昭和初めにかけて建てられた 名建築がいくつか残っている。大阪のど真ん中で経済、文化の中心地の中之島周辺 は、新しいインテリジェントビルが建ち並び、自動車の騒音など都会の喧騒が絶えな い中で、これらの重厚な古い建築物に出合うと、なぜか「ホッ」とした気持ちにさせ られ、古き時代へのロマンへといざなってくれる。
 川の中に浮かぶ中之島は水の都・大阪を象徴する場所でもある。水上バスから中之 島を眺めるのも、違った趣があり「お奨め」と言う人が多い。浪速っ子自慢の天神祭 も堂島川を舞台に繰り広げられる。まさに大阪の桧舞台とも言えるのが中之島かもし れない。
(写真は 大阪市中央公会堂)

日本銀行大阪支店 中之島のシンボルは、赤レンガ造りの大阪市中央公会堂の名建築。現在、保存の ための補修工事中で中へ入ることはできない。設計はコンペに当選した岡田信一郎の案が採用され、これに辰野金吾が手を加えた。  他に明治36年 (1903)完成の日本銀行大阪支店、明治37年(1904)に建てられた大阪府 立中之島図書館、大正15年(1926)建築の住友銀行本店、ダイビルの愛称で親 しまれた大阪ビルヂングは大正14年(1925)に建てられたが、近く超高層ビル に建て替えられ、その姿を消す。
 また、中之島周辺にかかる橋も昔の重厚な姿を残すものが多い。その中には水晶橋 やライオン橋などと呼ばれる変わった名前の橋もある。明治、大正の名建築でレトロ 気分にひたり、中之島公園をそぞろ歩きするのも楽しい。
(写真は 日本銀行大阪支店)


 
大阪府立中之島図書館 放送 2月8日(火)
大阪府立中之島図書館 水晶橋の南、右側に大阪市役所の庁舎、左側に4本の円柱がある玄関と、ドーム型 の屋根の建築様式が、ギリシャの神殿を思わせる大阪府立中之島図書館がある。大阪 の財閥、住友家の15代当主・住友吉左右衛門氏が、建築費、図書購入費を寄付、明治 37年(1904)に完成した堂々たる建物。この建物には浪速っ子も度肝を抜か れ、開館を待ちかねるように入館者が押しかけたと言う。この中には本は閲覧せず、 建物の内部を見学するだけの人たちがかなりいたと言う。設計は野口孫市、日高胖の両氏が担当した。
 その後、大正11年(1922)に両翼部分が同じく日高氏の設計で増築され、現在の姿になった。住友 吉左右衛門氏は、旅をした欧米の国々では実業家が巨額の寄付をし、文化、教育、慈善 事業に貢献しているのを目の当たりにした。当時、日本の公立図書館は東京と京都だ けだったことも、吉左右衛門氏の図書館建設への意欲を駆り立てたようだ。
(写真は 大阪府立中之島図書館)

中之島図書館ホール階段 府立中之島図書館は関西ではトップの図書館となり、蔵書は100万冊を超え た。このため平成8年(1996)に東大阪市に府立中央図書館を建設、中之島図書 館の蔵書の半分50万冊を移した。
 現在、中之島図書館の蔵書の中には、天和2年(1682)刊行の井原西鶴の「好 色一代男」や、その数年後に刊行された「好色盛衰記」「世間胸算用」、南北朝時代 の正平19年(1364)の初刻本の「論語」などの貴重な本もある。他に大阪の旧 家などから寄贈された書籍や資料などが多く「大阪のことを知りたいなら、まず中之 島図書館へ行け」と言われている。
 名建築の府立中之島図書館の本館、左右両翼の3棟が昭和49年(1974)、国 の重要文化財に指定された。図書館が建設されてからもうすぐ100年。住友吉左右衛 門氏の遺志は受け継がれ、大阪の文化活動へのエネルギー充電基地となっている。
(写真は 中之島図書館ホール階段)


 
大阪倶楽部 放送 2月9日(水)
大阪倶楽部外観 中之島の南側を流れる土佐堀川の南岸にある、大正15年(1926)建築の重 厚な住友銀行本店の南東、大阪市中央区今橋にスクラッチタイル壁で南欧風の4階建のビルが、 社団法人大阪倶楽部の会館。名建築家・安井武雄氏の設計で、大正13年(192 4)に完成したルネッサンス風を基調に英国の重厚さを持たせた建物で、大阪の近代 三大名建築の一つと言われている。この周辺は、住友銀行本店と大阪倶楽部会館を除 いて、ほとんどが現代的なビルに建て替えられており、ひときわ貴重な存在となりつ つある。
(写真は 大阪倶楽部外観)

大阪倶楽部階段 大阪倶楽部は本格的な英国風社交倶楽部として大正元年(1912)に設立され た。大阪市を中心にクラブライフを楽しむ各界、各階層の人たち約1550人が会員 になっている。
 この大阪倶楽部会館はメンバー専用の施設で、利用は会員又は会員の同伴者、紹介 者だけに限られている。会館内は落ち着いた雰囲気のデザインと内装、部屋にマッチ した調度品が配された食堂、商談室、談話室、喫茶・酒場、ビリヤード室、囲碁・将 棋室、ホール、結婚式場などの施設が整っている。
 会員の紹介があれば入会することができ、第一線を退いて余暇を楽しもうとしてい る人や若い人たちの入会を大阪倶楽部は歓迎している。
(写真は 大阪倶楽部階段)


 
大阪証券取引所 放送 2月10日(木)
大阪証券取引所 ライオン橋の愛称で知られている難波橋の南東にある円筒形の壮大な白亜の建物 が、昭和10年(1935)に完成した大阪証券取引所。
 この大阪証券取引所の起源は江戸時代初期の承応・寛文年間(1652〜73)の 米穀取引所にさかのぼる。全国の各藩は、天下の台所と言われた大阪の中之島周辺に 蔵屋敷を置き、年貢米をここへ運び商人に売却、藩財政の基礎にしていた。堂島の米 市場への通行の利便をはかるため、淀屋橋を自費で架けた豪商・淀屋は米商人の代表 するひとりだった。
(写真は 大阪証券取引所)

証券取引所玄関のステンドグラス 米穀取引所から始まった証券取引所は明治11年(1878)、株式会社大阪株 式取引所として設立された。戦後まもない昭和24年(1949)に発足した大阪証 券取引所に業務は引き継がれた。
 証券取引所と言えば独特の手ぶりで株式の売買をする活気あふれる立会風景が思い 出されるが、今はコンピューターによるシステム売買に変わり、立会場は“兵どもが 夢の跡”となっている。
 長谷部鋭吉氏の設計になる、大阪証券取引所のステンドグラスの玄関ロビーはすばらしい。ステンドグラスを通 して入る明かりがロビーを彩る。証券取引所は10人以上の団体で申し込めば所内を 見学することができる。
 証券取引所そばのライオン橋と呼ばれる難波橋は、橋柱にライオンの石像があることか らこのように呼ばれた。大阪市内の主な橋の中で最も古く、天満橋、天神橋と合わせ て大阪三大橋。
(写真は 証券取引所玄関のステンドグラス)


 
日本綿業倶楽部 放送 2月11日(金)
綿業会館談話室 大阪市中央公会堂から真っすぐ南へ約1km、中之島からは少し離れている大阪市中央区備後町に、社団法人日本綿業倶楽部の会館がある。風格のあるこの建物は、 渡辺節氏の設計によるもので、昭和6年(1931)に完成した。繊維で活況を呈し潤 った大阪を象徴しており、鋼線入の耐火ガラスだったため、太平洋戦争の戦火をまぬ がれ、激動の昭和史を生き抜いてきた。
 同じ年に再建された大阪城天守閣の数倍の建築費をかけ、デザイン面の素晴らしさ と設備面でも先駆的な試みがなされていた。戦前の日本の近代建築の傑作と言わ れ、高く評価されている。
(写真は 綿業会館談話室)

大阪財界代表と会談する国際連盟調査団リットン卿一行 綿業会館は世界各国からの来賓や会員の好みに合った部屋を選んでもらおうと、 各部屋のスタイルを変えた。イタリア・ルネサッサンス調の玄関ホール、ジャコビア ン・スタイルで吹き抜け天井の談話室、天井、家具の曲線をうまく組み合わせたク ィーン・アン・スタイルの貴賓室、天井、壁などの装飾を抑えたデザインと床にアン モナイト化石の入った大理石を使った会議室などは、落ち着いた雰囲気と格調の高さ を再認識させられる。
 開館早々に国際連盟満州事変調査団が来館したのを始め、各国の要人が来館、国際 会議の会場として利用され、戦前、戦後を通じ華やかな舞台となった。
 昭和3年(1928)に発足したビジネスクラブの日本綿業倶楽部(会員約800 人)の会員専用の施設で、会員と同伴者、会員の紹介者が利用できる。事前に申し込 めば月に一度(第4土曜日午後2時半から)、個人でも館内の素晴らしい施設が見学 できる。後学のために一度見学しておくのも悪くない。
(写真は 大阪財界代表と会談する国際連盟調査団リットン卿一行)


◇あ    し◇
中之島 



JR大阪、北新地、福島各駅から徒歩で10〜15分。
京阪淀屋橋、北浜駅下車。
地下鉄淀屋橋、肥後橋駅下車。
阪急、阪神梅田駅から徒歩15〜20分。
大阪府立中之島図書館 京阪、地下鉄淀屋橋駅下車。
社団法人大阪倶楽部
京阪淀屋橋駅下車。
地下鉄淀屋橋、肥後橋駅下車。
大阪証券取引所 京阪、地下鉄北浜駅下車。
社団法人日本綿業倶楽部 堺筋本町、地下鉄本町駅下車。
◇問い合わせ先◇
日本銀行大阪支店 06−6202−1111
大阪府立中之島図書館 06−6203−0474
社団法人大阪倶楽部 06−6231−8361
大阪証券取引所 06−4706−0870
社団法人日本綿業倶楽部 06−6231−4881
                         

◆歴史街道とは

     日本の歴史の舞台を尋ねながら、日本文化の魅力を楽しみながら体験できる
ルートのことです。
     伊勢・飛鳥・奈良・京都・大阪・神戸の歴史都市を時流れに沿ってたどるメインルートと地域の特徴を活かした8本のテーマルートが設定されています。

 

@・・・ひょうごシンボルルート   
A・・・丹後・丹波伝説の旅ルート
B・・・越前戦国ルート              
C・・・近江戦国ルート              
D・・・お伊勢まいりルート         
E・・・修験者秘境ルート           
F・・・高野・熊野詣ルート         
G・・・なにわ歴史ルート           

    歴史街道計画では、これらのルートを舞台に
  「日本文化の発信基地づくり」
  「新しい余暇ゾーンづくり」
  「歴史文化を活かした地域づくり」
を目指し,
    官民188団体によりソフト・ハード両面の事業が推進されています。

◆歴史街道テレフォンガイド

     テレビ番組「歴史街道〜ロマンへの扉〜」と連合した各地の歴史文化情報を提供しています。
                  TEL:0180−996688    約3分 (通話料は有料)

 

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歴史街道推進協議会