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月〜金曜日 18時54分〜19時00分 |
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八尾市 |
大阪府と奈良県の境にある高安山の西側に広がる八尾市は、中河内の中心地で古くから開けた歴史の古い町である。高安山西麓には弥生時代の遺跡や6〜7世紀初めに造られた多くの古墳群がある。物部守屋が蘇我馬子に滅ぼされた地でもあり、中世には浄土真宗の寺内町が形成された。また、江戸時代初めからの河内木綿の産地でもあり、中河内の商業の中心地としても栄えた。このように多彩な歴史に彩られた八尾市を訪れた。 |
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この地は聖徳太子の建立と伝えられる久宝寺があったことから、古くから久宝寺の地名で呼ばれていた。蓮如上人が建立した西証寺は廃寺となっていた久宝寺跡に建てられた。また、顕証寺の東の本町には親鸞の高弟の法心の建立した慈願寺、 |
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(写真は 久宝寺 寺内町) |
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大坂冬の陣、夏の陣ではこの一帯が激戦地となったが、徳川家康の信任の厚かった臨済宗南禅寺金地院の以心崇伝(いしんすうでん)の抱え寺だったので、家康から「常光寺を荒らすな」の禁制の文書が出され焼失を免れた。慶長20年(1615)大坂夏の陣で徳川方の藤堂高虎が常光寺に陣を置き、豊臣方の長曽我部盛親の軍と戦った。高虎が方丈の縁側で敵方の首実検をし、血のついた縁板が天上にあげられ血天井として今に伝わっている。境内に戦死した藤堂氏の家臣71人の墓があり、位牌も寺に安置されている。 |
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(写真は 八尾地蔵) |
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神社にはわが国最古の木製制札と言われる北条時政の制札(国・重文)がある。 |
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(写真は 弘法の水) |
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高安古墳群の最も北側にある独立した円墳の愛宕塚古墳は、6世紀後半に築造されたと見られ、巨石を使った横穴式石室は長さ15.7m、幅3mもある。この地区の古墳の中では最大級のもので、蘇我馬子の墓ではないかと言われている飛鳥の石舞台古墳に匹敵、あるいは同等クラスの古墳と見られる。 |
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(写真は 羨道(愛宕塚古墳)) |
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大聖勝軍寺境内や寺の周辺にはこの戦いの史跡が多い。寺の門前に「守屋池」と呼ばれる小さな池がある。迹見赤梼が放った鏑矢(かぶらや)で倒れた守屋の首を、秦河勝が取って洗ったと言う池で、俗に「守屋首洗池」と言う。 |
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(写真は 守屋池) |
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