|
月〜金曜日 18時54分〜19時00分 |
|
伊賀市 |
伊賀市は平成16年(2004)上野市、伊賀町、阿山町、青山町、島ケ原村、大山田村の1市3町2村が合併して誕生、西は奈良県、京都府、北は滋賀県に接した三重県下では津市、松阪市に次いで3番目に広い市域を持つ市となった。伊賀上野城の城下町として発展した旧上野市は、松尾芭蕉の生誕地でもあり、名所、旧跡も多い。こうした新旧織りなす伊賀市の中心地を探訪してみた。 |
|
|
||||
|
||||
|
||||
現在、市街地の北の丘にそびえる伊賀上野城は、昭和10年(1935)旧上野市の政治家で衆議院議員だった故川崎克氏が私財を投じて、藤堂孝虎が築いた30mの高石垣の上に三層の天守閣を再建した。昭和時代に建築された最後の木造の城で、鳳凰が翼を休める姿に似ていることから白鳳城とも呼ばれている。 |
||||
(写真は 横山大観の大色紙) |
||||
|
||||
|
|
||||
|
||||
|
||||
田山屋亀栄は「ふるさとや 臍(へそ)の緒に泣く 年の暮れ」から「古里」。紅梅屋は「色付くや 豆腐に落ちて 薄紅葉」から「薄紅葉・錦秋」や「さまざまの ことおもいだす 桜かな」から「さまざま桜」。いせやは「山里は まんざいおそし 梅の花」から「山里」。御菓子司おおにしは「春なれや 名も無き山の 薄霞」から「うす紫」を創作した。 |
||||
(写真は 御菓子司おおにし「うす紫」) |
||||
|
||||
|
|
||||
|
||||
|
||||
伊賀くみひもセンター内の「組匠の里」には、いろいろな組紐の商品が展示、販売されている。ネクタイやベルトなどの男物小物、髪飾りや人形、帯締めや婦人用アクセサリー、袋物、根付、キーホルダー、携帯電話ストラップなど、多種多様な組紐製品が並んでいる。 |
||||
(写真は 伊賀組紐) |
||||
|
||||
|
|
||||
|
||||
|
||||
旧小田小学校の当初の名称だった啓迪(けいてき)学校の「啓迪」は、中国の五経のひとつ「書経」の中の「啓迪後人」から採られ、次代の人間を教え導くと言った意味が込められている。この校名と言い、凝った洋風建築と言い、当時のこの地域に人びとが教育に注いだ情熱がうかがえる。 |
||||
(写真は スミぬり教科書) |
||||
|
||||
|
|
||||
|
||||
|
||||
中之立町通りの西側にはところどころに武家屋敷が残っており、城下町の風情を感じさせる。重臣たちの下屋敷は城の東側の玄蕃町を中心に配置されていたが、現在は閑静な住宅街となっている。 |
||||
(写真は 元祖伊賀肉 金谷) |
||||
|
||||
|
◆歴史街道とは
|
歴史街道計画では、これらのルートを舞台に
|
◆歴史街道倶楽部のご紹介 歴史街道推進協議会
|