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及川浩治 「ショパンの旅」

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曲目

1. ノクターン 第20番 嬰ハ短調 Nocturne No.20 in C-sharp minor  
2. ピアノ協奏曲 第2番 ヘ短調 op.21より 第2楽章 Piano Concerto No.2 in F minor op.21 2nd movement  
3. 革命(練習曲 第12番 ハ短調 op.10-12) Etude No.12 in C minor op.10-12 "Revolutionary" 試聴する
4. 別れの曲(練習曲 第3番 ホ長調 op.10-3) Etude No.3 in E major op.10-3 "Chanson de L'adieu"  
5. バラード 第1番 ト短調 op.23 Ballade No.1 in G minor op.23  
6. 英雄ポロネーズ(ポロネーズ 第6番 変イ長調 op.53) Polonaise No.6 in A-flat major op.53 "Heroique"  
7. 舟歌 嬰ヘ長調 op.60 Barcarolle in F-sharp major op.60  
8. マズルカ ヘ短調 op.68-4 Mazurka No.49 in F minor op.68-4  
9. ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 op.35より 第3楽章「葬送行進曲」 Piano Sonata No.2 in B-flat minor op.35 3rd movement "Funeral March"  
10. 子守歌 変ニ長調 op.57 Berceuse in D-flat major op.57  

プロフィール:及川浩治(ピアノ)

イメージ:及川浩治

 1967年宮城県生まれ。4才の頃からピアノを始める。84年、ヴィオッティ・ヴァルセイジア国際コンクールにおいて第1位受賞。85年、国立音楽大学に入学。翌86年にブルガリア国立ソフィア音楽院に留学し、その後4年間研鑚を積む。留学中の87年にアレクシス・ワイセンベルクの公開セミナーに参加し、氏本人の意向により特に設けられた最優秀特別賞を受賞し、練習用のグランドピアノを授与された。90年にマルサラ国際コンクールにおいて第1位受賞。また、同年、第12回ショパン国際コンクールにおいて最優秀演奏賞を受賞。その後91年に国立音楽大学に復学し、92年より日本でのコンサート活動を開始する。また、同年、日本国際音楽コンクールにおいて第2位受賞を果たしている。95年3月にサントリーホールにてデビュー。
 これまでに国内各地でのリサイタルをはじめ、主要オーケストラとの共演を精力的に行っているが、95年11月にはサル・プレイエル(プレイエル・ホール)にて佐渡裕指揮/ラムルー管弦楽団との共演でパリ・デビューを飾る。97年、98年、99年にヴァイオリニストの五嶋みどりとデュオを組み、全国各地で演奏。そして99年から「ショパンの旅」をスタート。さらに08年には、東京・大阪での同時プロジェクト「及川浩治10大 協奏曲シリーズ」をスタートさせている。
 ダイナミックな中にも繊細さを持ち合わせ、内面にダイレクトに訴えかける演奏は、多くの絶賛の声とともに幅広い層の共感を得ている。
 児玉邦雄・幸子、吉本美南子、コンスタンティン・ガネフ、ジュリア・ガネヴァ、ジャン=マルク・ルイサダの各氏に師事。

ライナーノーツ

全国を席捲した「及川浩治/ショパンの旅」
とある街、日曜日のマチネー公演の後、時間待ちのため、駅構内で及川君と喫茶店に入った。「食事をしちゃって良いですか?」といって頼んだカレーライスを、及川君はほんの数分(いや数秒?)で、一気に掻き込んだ。
「そうか、あのパワーで2時間半ピアノを弾くということは、大変なエネルギーを消耗することなのだ!」と改めて感心してしまった。そしてまた、そのカレーライスを食べる姿が何となくあの一途でピュアなピアノの前の彼と重なって微笑ましくも心が温まる思いがした…

 1999年、ショパン没後150年の《ショパン・メモリアル》の年の2月、我々の企画『及川浩治/ショパンの旅』は、長野県松本市で始まった。そして、それからの道程は、この企画と共に歩く及川浩治の<日本の旅>ともなった。
 わずか39年の生涯の中でキラ星のような名曲を残したフレデリク・ショパン。彼の人生を辿りながら、傑作の数々を演奏する『及川浩治/ショパンの旅』。ショパン・メモリアルの年に実施すべく及川君と暖めていた企画を、長野朝日放送の希望で、まず松本で実施する運びとなった。会場は800席を有する松本文化会館中ホール。大阪で収録したビデオをもとにしたテレビ・スポット告知が放送され大反響。わずか数週間で全席が売切れた。これは、主催者や我々の想像を遥かに越えた売れ行きの早さだった。
 時々、「テレビで告知すれば、それは売れるでしょう」というような発言を耳にすることがある。しかし、答えは否。はっきり言って、一般の方々に魅力のないコンサートは、いくらテレビ媒体で紹介されても、入場券は伸びないのが通例。わずか15秒や30秒のテレビ・スポットを、必ずしも良好とは言えない家庭のテレビの音響環境で聴き取ることで、視聴者に大きなインパクトを与えた及川浩治。それは及川浩治というアーティストの魅力と『ショパンの旅』という企画内容が並外れた訴求力を持っていた結果に違いない。
 満席だった松本公演。年齢分布は、20代が23%で最高、そして30代が18%、10代が11%と続き、40代以上は総計で27%という結果だった。中高年が圧倒的な昨今のクラシック音楽会場(これは、これでありがたいことなのだが…)にあって、信じられない位、若い年代の多いコンサートとなった。テレビで知ったと答えた方が67%、今後行きたいコンサート・ジャンルでクラシックと答えた方が47%と過半数以下だった。
 つまり、普段クラシックをあまりお聴きにならない方も含めて、もしかして及川浩治というアーティストの名前も知らななかったけど、テレビのスポットを見て『カッコ良い』と思ってきた、若い層を中心にした観客層だった、ということなのだ。
 この公演の大成功を始めとして、ザ・シンフォニーホールや東京芸術劇場大ホール、横浜みなとみらい大ホールでいずれも全席売切れるという状況になった。その後は長野、静岡、浜松、福井、松山、札幌、名古屋、津など多くの街で開催された『ショパンの旅』がいずれも大盛況となった。大阪のザ・シンフォニーホールでは、『ショパンの旅Part2』『アンコール!ショパンの旅』と連続して合計3回の公演が売切れるという空前の状況も生んだ。1999年末までに『ショパンの旅』の総入場者は全国で2万8千人を超えた。いずれの会場も若い観客層の熱気に溢れ、また中高年以上の方にも強い支持を得る結果となった。
 今回、レコーディングの運びとなったのも、数多くの会場で、「今日の『ショパンの旅』のCDはないのでしょうか?」という数多くのファンの熱い声にお応えするため。
 この企画の原点ともなったザ・シンフォニーホールのアコースティックを最大限に生かした録音で、コンサート・ライヴの感動をそのままにお届け致します。
(朝日放送 ザ・シンフォニーホール/林伸光)

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