「野中の清水」に立ち寄る。
絶えず湧きだしている森からの水が、深い緑色となり、目の前に満々と湛えられている。 その色と動かぬ水面は、なんとも神秘的というのか、神聖なるものとして目に映り、手ですくうことすらためらってしまいそうなほどでだった。 長い道のりを歩いてきた旅人は、この泉にたどり着いたとき、その瞳にどのように映ったのだろうか、そしてどのような自分をその泉に映し出したのだろうか。
先を急ぐ私は、カメラを片手にこの泉の上にある一方杉に向かう。杉の枝が南の方向、いわゆる熊野に向かっているという。
確かに一方に向いているな。などと見上げていると、みるみる空が黒くなってくるではないか。
そして車へ向かって山を駆け下り始めると同時に、スコールのような雨に包まれる。
もう、今更隠れたところで、一緒だ。とにかく駆けた。
車に戻り、まるでシャワーを浴びたあとにような身体をタオルで拭いながら、やはり富田川でちゃんと禊ぎをしておくべきだったと、悔いたのだった。
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