芦生の森
Photo Gallery フォト&エッセイ:円満堂修治
初秋の頃。車を降りたあと、最初のうちは、まだまだ夏の日差しを持った太陽が降り注ぐ林道を行く。少し歩いただけなのに、小学3年の息子も幼稚園の娘も、上りと暑さのせいで、ブツブツと文句が始まる。
ところが、大きな栃の実が迎えてくれた暗い森に入ったとたんに、二人とも手の平を返したように元気一杯になる。
「おー、さすがは森の力。やっぱり何か秘め たものをもっているんやなあ・・・」
とは口で言うものの、実際は単に涼しくなっただけである。
森に入ってしばらくすると、山の神の鳥居と祠が…
「お父さんな、一人でこの山へ写真を撮りに 入るときはな、ここでこうしてちゃんと手 を合わせて行くんやで」
「なんで?」
「一人やったらな、もしなんか怪我とかしたら大変やろ。へたすると、帰ってこれへんかもしれへん。だからこうして無事に帰って来れますようにって、な」
「ふーん」
と言いながら、家族全員並んでしっかりと手を合わせた。この一瞬の沈黙が、とても大切なことのように感じる。
■ ■ ■
帰路。今日は結構な距離を歩いている。そろそろ音を上げるかと思っていたものの、先頭を娘、ニ番手に息子を歩かせることにしてから、逆にペースが上がった感じである。きっと、いつもはうしろをくっついて歩いているのが、先頭だと目に飛び込んでくる光景が新鮮で楽しいのだろう。
■ ■ ■
さて、いよいよあの祠に近づいてきた。最後尾を歩いていた私は、(さあ、どうするか・・・)と、何も言わずについて歩いていくことにする。すると鳥居が二人の視界に入ったらしく、歩きながら、なにやらコソコソと相談がはじまった。そして、その祠の前にさしかかると同時に、
「ありがとうございました!」
「ありがとう、ございましたぁ!」
と、元気な声が木々の間に響いた。歩きながらではあったが、二人あわせて大きな声の、お礼の言葉。どうやら、手を合わせるのは恥ずかしかったらしいのだが、うしろでそんな光景を見ていて、(ああ、今日は来て本当によかった)と、心の奥からそう思った。
目に見えないことに感謝するその気持ち。その気持ちをいつまでも忘れないでほしい…。私と妻は、祠の前で姿勢を正し、そして深く頭を下げたあと、もうかなり先へ行ってしまった子供たちのあとを足早に追った。
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