コメンテーターのつぶやき

巧妙な語り口でニュースに切り込む、おはようコールのコメンテーター陣。 そんな海千山千の識者が、意外な趣味・趣向で文章をつづる『コメンテーターのつぶやき』。 これを読めば、新たな世界が見えてくるかも!?

コメンテーター comenter中川謙

2010年9月13日(月)

残暑の宵の宇宙線

9月○日、ペナントレースたけなわの宵の出来事。
阪神―ヤクルト戦を中継するテレビの前に陣取る。この日のチャンネルは、頼りになる「おっサンテレビ」。「とら番主義」のABCでなくて、ごめんね。
先発・久保のピッチングを見届けたうえで、手元の単行本を開く。
 (おい、もの読みながら野球かよ。)
 そうなのだ。阪神が守備に回ると落ち着いて観ていられない。本をパラパラめくって気を散らす。あの暗黒時代から、こんな癖が身に付いた。今宵の相手は小川洋子さんの小説『原稿零枚日記』。
 試合はマートン、新井が順調にかっ飛ばして阪神が先行する。こうなるとページを繰る手つきも滑らかになろうというものだ。
 作品の方は、現実とファンタジーが交錯していかにも小川さんらしい。取材旅行の女流作家が山奥の温泉に投宿、そこで渓流沿いに構える「苔料理専門店」(不気味!)に迷い込む。食前酒、蒸し物、煮付けから椀、揚げ物と苔尽くしで進み、メーンはイノシシの死体に生えていた「マルダイゴケ」の石焼、なのだとか。
 なんや、これ、とつぶやき、思わずテレビに目を移して、こんどは大声で叫んだ。
 な、な、な、なんや、これ〜〜〜〜っ!
 久保に代わった福原がぼこぼこに打たれて、あっという間に逆転されている。
 ここで小川作品も意外な展開を見せる。宿に戻った女流作家は、借り物の携帯ラジオを阪神―巨人戦の中継に合わせるのだ。ところが、ザーザー、ジージーと雑音ばかりでさっぱり聞こえない。ここで女流作家は広大な宇宙に思いをはせる。電波を妨害する宇宙線の存在に。そう、甲子園上空にもあまねく飛び交っているはずの宇宙線に・・・。
 待ってください、小川さん。宇宙線はいい、阪神―巨人戦もいい。いま、この瞬間も続く阪神―ヤクルト戦はどうなるのでしょうか。
     ×     ×     ×
 作品の結末は、4対6で阪神が巨人に負け。
 残暑の9月○日、現実にあった対ヤクルト戦の結末は、4対7でやはり阪神負け。
 小川さんの感性が捉えた宇宙線がこの宵も甲子園上空に飛び交い、しかも阪神に対してよりいっそう厳しく作用したのに相違あるまい。