新しいアラン家は、石畳の路地に面した1860年築の5階建ての石造りのアパート。
いかにもヨーロッパ風の入り口は、匠も一度入ってみたいと憧れていました。
門を抜けると、雰囲気の良い中庭が出迎えます。
通りからは見えなかった大きな建物が、中庭を囲むように立っています。
築150年のアパートにはエレベータがなく、勾配のきつい螺旋階段のみ。
しかも経年劣化で階段の踏板が斜めに歪んでいます。
玄関を入ったすぐ脇にあるのはトイレで、匠曰く「最悪のプラン」。
しかも現在のトイレには扉がなく、カーテンで仕切られているだけ。さらに、便器に座ると膝が壁についてしまうほどの狭さ。
トイレの横にある4畳のスペースには、洗面台のようなキッチンと、何故か、日本でも見たことのない台形のような形をした小さな浴槽があります。
浴槽の目の前にある狭いキッチンは、冷蔵庫や食器棚を置くスペースすらなくここで料理をしていたとは思えない作り。
廊下を進んだ先にある居住スペースの老朽化は、匠の想像以上でした。
木の窓枠は、周りの枠や壁共々老朽化して腐食が進み、穴が開き隙間風が入り込む状態です。
しかし、問題は、単なる老朽化にとどまりません。
洋間とリビングをつなぐ場所には、屋根を支えている骨組が露出していました。
以前の住人の無理なリフォームで、顔を出した骨組のある壁には不気味な亀裂が走り、構造の不安も。
床は、目で見てわかるほどに傾斜がつき、立っているだけで引っ張られる感じがするほど。ゴルフボールを置くと、勢いよく転がっていきました。
階下の同じ間取りのお宅を拝見させていただきました。
リビングは、3年前に全面改修され、とても素敵な空間に。
フランスの建築家の仕事と聞き「有能な人ですね」と思わずうなる匠。
構造上、取れない壁があった場所は、構造をうまく利用した独り暮らしには十分な大きさのキッチンに。
汚れが簡単に拭き取れる広い作業スペースに電気コンロが2口付いて、機能的にも十分です。
屋根を支える構造体がむき出しになっていた洋室は、キッチンの真裏の壁に収納が作り付けられ寝室として使われていました。
寝室にある暖炉は、アラン家では取り除かれ、煙突だけが残っていたもの。
これには、「元からあるものが全然違う」と匠も苦笑を漏らします。
お風呂場も、洗面所とシャワーが設けられ、コンパクトながら清潔な雰囲気。
洗面所とシャワーブースはガラスで仕切られています。
トイレの位置は同じですが、奥行きが倍の広さ。換気の窓もついて、明るく清潔です。 アラン家では浴室がトイレにせり出し、場所を圧迫していたのです。
リビングの奥は、そこだけ賃貸に出すことが出来るよう、完全に独立した空間にしています。
2つあった玄関の、中央の扉を入った正面には、コンパクトな独り暮らし用のキッチンを備えています。
北側に位置する5畳程の洋間は、キッチンと合わせた賃貸用の部屋としてリフォーム。
部屋には、東の窓から日差しが入ります。
入居者専用のトイレとシャワーブースも完備。
窓からの明かりは磨りガラスの向こうのキッチンにも届きます。
狭いので光を利用したほうがいい、とアドバイスを貰いました。
匠は現地の工務店の皆さんを引き連れ、再び、アラン家が移り住む部屋へ。
匠が最も気になっていた床の傾きの原因は、建物の傾きではありませんでした。
工務店の方は「昔は目分量で作業していたため、レベルがバラバラになっている」と言います。
床の状態を確認するため、床板の一部を剥がすと、白い粉を固めたようなものが現れました。
石灰と石膏で固めた天井の上に直接、床板を張っていたのです。
下の階の方が「全方向から響いてくる」と言っていた足音。
現在の構造では、何も改善されないため、「何か手を打たないと」と、匠は考えをめぐらせています。