コメンテーターのつぶやき

巧妙な語り口でニュースに切り込む、おはようコールのコメンテーター陣。 そんな海千山千の識者が、意外な趣味・趣向で文章をつづる『コメンテーターのつぶやき』。 これを読めば、新たな世界が見えてくるかも!?

コメンテーター comenter中川謙

2011年9月26日(月)

犬の賢さ

 犬とチンパンジーと。この2つを比べたら、さて、賢いのはどちらの方?
 この問いに対し、意外や犬に軍配を上げる記事が最近のニューヨーク・タイムズ紙に載っていた。米国の動物学者の研究を引いている。
 なるほど知能指数はチンパンジーが上らしい。DNAをとってもホモサピエンス、すなわちわれわれ人類とほとんど変わらない。だから進化の系統樹では、頂点に立つヒトの2番手にこの類人猿がおかれている。
 ところが、この動物学者は犬の行動ぶりの観察から、大方の常識である「チンパンジー優位説」に異を唱える。
 たとえば、人が何かを指差したら、犬はその方向をしっかりと見据える。チンパンジーなら、最初から無視を決め込むところ。ところが、犬は見据えるだけにとどまらない。次は、指差す人の目と口元にまなざしを注ぐ。つまりその心を読み取ろうとする。もし指差す先にあるものが人の狙う獲物だと理解したら、その瞬間、ターゲットに向け突撃開始!
 ここで動物学者が注目するのは、人と犬の間に成立するコミュニケーションの構造である。両者の間には知的な交流が成立している、と見るのだ。言い換えるなら、犬は人との間で知性を共有する関係にある。
 チンパンジーは、そもそもヒトとのコミュニケーションに関心がないらしい。知能の高さによる自尊心のゆえなのか、それとも性格に由来するのかはわからない。対して犬は、番犬という形で古くから人類と利害を共有する関係を築き上げてきた。それが知性の共有に結びつくのは当然なのかもしれない。
 動物にとって「賢い」とは、知能指数(大脳の発達)が人とどれだけ近いかどうかでは決められない。大切なのは人とどれだけ「知性」を分かち合っているかどうか、なのだ。
 この洞察の持つ意味の深さが、愛犬チワワとひとつ屋根の下で暮らしを共にする私には、よくわかるような気がする。
 2歳半のオスのチワワ・シェリーは、飼い主の仕草、表情、言葉遣いをつぶさに観察している。それが自分の利益・不利益とどうつながっているのかを知るのに、全知能を傾けている。その結果、ヒトの言語を相当に理解するに至っているのは間違いない。
 だから私たち老夫婦は、シェリーのことを話すときには神経を尖らせる。たいていは声を潜めるか、ときには暗号まで繰り出す。散歩やら食事について、知られては困ることがいろいろあるからだ。
 ハリウッドの名作『2001年宇宙の旅』を思い出してほしい。宇宙船を動かすコンピューター「HAL」と、宇宙飛行士との対話の光景を。両者の間には完全なコミュニケーションが成り立っている。そのうちHALは飛行士同士の会話を、その口の動きから盗み読みし、人の心の奥に潜む邪悪な部分を知るにいたる。そしてある日、HALは飛行士に対し反乱を起こす―――。
 そういえばシェリーも、会話する私たちの口元を、あのぬんめりと濡れた黒い瞳でじっと見つめているな。そのとき、やはり黒く濡れた鼻をひくつかせるさまは、微妙な臭いの変化から人の心の奥底を読み取ろうとしているかにも見える。
 むっ、おいおい、シェリー、お前、まさか・・・・。