コメンテーターのつぶやき

巧妙な語り口でニュースに切り込む、おはようコールのコメンテーター陣。 そんな海千山千の識者が、意外な趣味・趣向で文章をつづる『コメンテーターのつぶやき』。 これを読めば、新たな世界が見えてくるかも!?

コメンテーター comenter中川謙

2010年12月24日(金)

神々、集う

 いうまでもなく、ヨガはヒンズー教の修行から生まれた。
 だから私たちがスポーツジムでする、パワーヨガやらホットヨガのたぐいもインドらしさたっぷり。「始め!」の掛け声はたいてい「ナマステ(ヒンズー語で『こんにちは』の意らしい)」である。BGMの合間に鐘の音が響いたり、例の「オ〜〜〜〜ム」の祈祷が混じったりするところは宗教のにおいもたっぷり。
 さて恒例のクリスマス・イベントの日、いつものインストラクターが、この日はサンタクロースのいでたちで登場してくれた。しかも帽子からズボンまで黒ずくめ。悪い子の前に現れる、とドイツあたりで伝承される「黒いサンタ」そのものではないか。
 鈴を鳴らすような声でささやく若い女性インストラクターの黒装束に、妖しい魅力を感じたりするのは、神の御心に反する所業なのかな。そりゃー、ぼくたち「悪い子」なんだから当たり前か。
 とか、なんとか邪心にふける私を尻目に、黒サンタ嬢は「ナマステ」を合図にヨガの行に取り掛かり、ときに聞き取り不能の経文らしきを唱え、ころあいを見ては鐘を打つ。
 ヒンズーとキリスト。年末のジムのスタジオを支配する神はどちらなのか。
 そういえば米紙ニューヨーク・タイムズに最近、こんな記事があった。米でも流行のヨガ・ブームに、在米のインド出身者グループが異議を唱えたという。
 その言い分は「Take Back Yoga(ヨガを取り戻せ)」。いわく、ヨガ人口は全米で1500万人に上るというのに、ヨガを支えるヒンズー精神が米国民に理解を広げている気配はさっぱりない。目的はといえば、ダイエットやら気晴らしやら、全く世俗的なものばかり。せめてインストラクターは、ヨガの何たるか、くらいは勉強しろ、ということらしい。
 これに反論が寄せられているのが、また面白い。インド人のルーツについては、実は西方説が有力。つまり、ヨガだヒンズーだというが、源流は欧州にあるのではないか。そのヨガを、まるでインドの専売特許みたいに見なすのはおかしい。これが主張の骨子であるようだ。
 米国に根ざすキリスト教は一神教、さすがに他の神に対する姿勢は厳しい。共存を許しあう気配はない。
 さて、もう一度わがスポーツジムを見渡してみる。黒サンタ、ナマステのほかにも、多彩な神がさりげなく宿っているのに気づいた。それも、ヨガに挑むみなさんのTシャツに書かれたメッセージに。
 「精米一番 良品米穀」。これは、実りの新米にささげる敬虔な祈り、と読んだ。「One For All 、All For One(一人は万人に、万人は一人に)」。英国の生協運動から生まれた助け合い精神の標語である。こんなにさまざまな祈り、スピリットに満ちた空間って、他のどこにあるだろうか。
 最後は黒ずくめのインストラクターに導かれ、一同、合掌のポーズで「神々集う」舞台に幕を引いた。イブに近い年末のある日。