万引きを繰り返す 知的障害のある女性
神戸市に住む山田知子さん(仮名、48)。子どもの頃から、病気とともに生きてきました。
「Q.何の薬ですか?」(記者)
「てんかんです。自律神経の薬です」(知子さん)
「Q.1日に何回くらい飲まれるんですか?」(記者)
「朝昼晩」(知子さん)
「Q.1回あたり何錠くらい?」(記者)
「6錠です」(知子さん)
てんかんに加えて、知的障害もある知子さん。学校ではいじめに遭い、家に引きこもる日々が続いたといいます。知子さんの兄、広さん(仮名、50)は、家族のために朝から晩まで働き、近くに住む知子さんの世話も続けてきました。
「3歳か4歳くらいからずっと物を盗るんですよ。スーパーで盗ってくるとかじゃなくて、そのへんに置いている花壇の植木鉢を盗ってきたりとか洗剤を盗ってきたりとか。」(広さん)
家族の生活が大きく変わったのは、9年前。知子さんが万引きをして、警察に逮捕されたのです。その後も窃盗を繰り返し、去年、2度目となる有罪判決を受けました。次は、刑務所に行かざるを得ないところまで追い込まれたのです。
「もう終わりやで次は。人生終わってまうで。刑務所なんか入ったら。」(兄の広さん)
「おそろしい。」(知子さん)
「なりたくてそういう体になって、そういう癖がついたというか、なっとるんちゃうからね。そこらをわかったってほしい」(広さん)
万引きは悪いことだと、広さんは、何度も知子さんに説明しました。しかし、わずか半年後。家電量販店に展示されているストーブを盗んだとして、再び逮捕されたのです。知子さんは、むきだしのストーブを抱え、入り口から出たといいます。
結局、家族の力だけでは、再犯を食い止めることができませんでした。
先月開かれた、3度目の裁判。知子さんは「錯覚が起き、訳も分からず物を盗って、入り口に行ってしまった」と話しました。これに対し、裁判官は「盗癖は顕著であり、規範意識が鈍麻している」として、懲役8ヵ月の実刑判決を言い渡しました。
「もうちょっとこういう子を保護する制度があってもええんちゃうかな。なかなか一個人がやる(世話をする)といっても限界があるから」(広さん)
山田知子さん(仮名)は毎食後の服薬も欠かせない
知子さんは万引きで2度目の有罪判決を受けた半年後、家電量販店でストーブを盗んだとして再び逮捕された
再犯を繰り返してしまう障害者。支援がなければ、家族にも重い負担がのしかかる
後を絶たない障害者の再犯 必要なのは刑罰か 支援か
法務省が実施した調査によると、おととし刑務所入った受刑者のうち、実に2割が、知的障害の可能性があることがわかりました。さらに、出所した障害者の2割以上が、1年ほどの間に、再び刑事施設に入る実態も明らかになっています。
障害者による再犯が後を絶たない現状について、専門家は、「刑罰を与えることの意味を改めて考える必要がある」と指摘します。
「それ(刑罰)を行っても実際には刑務所に入る、出てくる、を繰り返してしまうという結果になってしまっているという現実があるので。本当は犯罪をやめられるような生活を、どうやって手に入れていくか、そのための支援として何が必要かを考えることの方が、刑罰よりおおよそ社会にとっても本人にとってもプラスになるところはあるんじゃないか」(立命館大学・森久智江教授)
森久教授は、再犯を繰り返す知的障害者に刑罰を科し続ける現状に疑問を示す
9回刑務所に・・・ 支援受け 歩み続ける男性
現在、刑務所を出る障害者が福祉関係者らと更生に向けた計画を話し合い、支援を受けられる制度があります。
「これな、8個。下の食堂に降ろすから持って行ってくれる?何個持てる?4つ持てる?全部持てる?」(老人ホームスタッフ)
「持てる」(入所者)
大阪府の老人ホームで暮らす、田中正男さん(仮名、64)。重い知的障害がある田中さんは、20年ほど前から窃盗などを繰り返すようになり、これまでに9回、刑務所に入りました。田中さんもこの制度に則り、老人ホームとは別に、家事や移動の手助けをするヘルパーの支援を受けています。
この日、田中さんは大好きな魚釣りをするため、ヘルパーの富山弘之さんとともに海にやって来ました。
「これ(釣り竿)を軽く投げて」(富山さん)
富山さんは、田中さんに目標を持って生活してもらうことで、少しずつ様子が変わってきたといいます。
「どこかに行ったりとか誰それと会ってという楽しみを持っているので、表情も明るいですし。知的障害者の再犯をどう止めるかというのは本当に難しい話と思うんですけど、抑止力というのは楽しみを何か作ってあげることしかないんかな」(富山さん)
自分がしたことで、周りの誰かに喜んでもらいたい。田中さんは最近、施設の掃除や植物への水やりなど職員がする仕事の手伝いを始めました。
「Q仕事を手伝っているときどんな気持ちになります?」(記者)
「楽しい」(田中さん)
「Q喜んでくれている感じあります?」(記者)
「うん」(田中さん)
「(田中さんは)簡単なことでも、お手伝いしたらすごく嬉しそうにやってくれますし。(本人に合った)支援がなかったからこそ、再度犯罪に手を染めてしまっていたという背景は今の生活を見ていると読み取れるかなと」(田中さんが入所する施設の職員)
田中正男さん(仮名)は刑務所からの出所後、老人ホームで支援を受けながら生活する
ヘルパーの富山弘之さん(右)とともに、大好きな釣りを楽しむ田中さん(左)
「もう刑務所には戻らない」
田中さんは、自分を支えてくれる多くの人に巡り会えたことで、更生に向け歩み始めることができました。かつての犯罪に向き合い、“もう刑務所には戻らない”という決意を口にすることが増えたといいます。
「刑務所よりこっちのほうが楽しい。向こうやったらあんまり生活やりにくかった。」(田中さん)
「Qあのときに戻りたいって思います?」(記者)
「もう思わへん。向こうは自由がないし」(田中さん)
「本当に長い目で彼のことを見てくれる人がいてなかったから。今は本人も安心して、この人やったら安心できるんかなっていう人が彼のそばにいるということが、彼が一番更生してきた道かなと思っていますけれど」(富山さん)
富山さんは、田中さんの生活をそばで支え、更生する手ごたえを感じていた
「泣き寝入りするしかない・・・」支援を受けられない現実
神戸市の山田広さん。窃盗を繰り返した妹の知子さんは今月、実刑判決を受けました。
「ほんま何とも言えんですわね。もうしょうがないなって。泣き寝入りするしかないな」(広さん)
最近では、裁判が始まる前から、障害のある人を福祉関係者に繋ぐ取り組みも徐々に広がっていますが、知子さんには適用されませんでした。
「(妹に)福祉関係の中で生きてもらったら一番助かるなというか。支援していただければ、そういう生活をしていくしかないかなと正直思っています」(広さん)
妹に福祉の支援が届き、二度と犯罪を繰り返さないでほしい。広さんはそう願い続けてきました。
障害のある人が、自分らしく生きる。そのための支援、再犯のない社会に向けた模索ははじまったばかりです。
障害のある人が自分らしく生きるために。再犯のない社会への模索が続く