アングラな深夜喫茶
まずは、味園に店を構えて14年目、「深夜喫茶・銭ゲバ」。マスターのムヤニーさん(45)が1人で切り盛りする店内は、いかにもアングラな雰囲気です。夜7時半、1人の女性が入ってきました。
「あ。今、気持ち悪いやつ作ってるんです。ほら新しいやつ気持ち悪いやつ」(女性)
マスターとなんだか楽しそうに話していますが、お仕事は?
「今は細々と人形作家を。人形を作って、展示会とかで販売したりとか。」(女性)
人形作家の遠山涼音さん(27)。作るのは、球体関節人形と呼ばれる、美しくも、妖しげなもの。よく飲みに来るこのバーにも、展示しました。
「たまに酔っ払ったここのお客様とかが、『酔っ払って、絵飛び出て見えるわ』みたいな風に言ってもらって。それが個人的にはすごいうれしいというか。そういう酔っ払った状態で見てもらうのが、この作品の正解なんかなって思ったりしてます(笑)」(遠山さん)
明るく話す彼女ですが…。
「幻覚とか幻聴とかが出るんですけど。幻聴から逃げるような感じ。感覚が麻痺していて。3階やみたいな意識が無くて。普通にパッて走り抜ける感じで駆けたら、バンって落ちて」(遠山さん)
4年前、心の病により、建物から飛び降り、骨折。医師には一生車いす生活と宣告されましたが、杖を使い歩けるまで回復しました。そんな遠山さんが、「銭ゲバ」に通う理由は?
「何だろう・・・本当に、すごく優しい親戚のお兄さんの家、みたいな。ただただ聞いてくれて、不意に助けを出してくれるというか。」(遠山さん)
「10回に1回くらいは怒ってるかもしれない。ひどすぎて(笑)」(マスター・ムヤニーさん)
ディープなレトロビルに、素敵な「居場所」を見つけました。
「銭ゲバ」をはじめ、味園ビルにはアングラな雰囲気の店が並ぶ
「銭ゲバ」の常連・人形作家の遠山さん。店に飾られた作品はお客さんにも好評
マスターのムヤニーさん(左)に話を聞いてもらいながら、心の病から回復した
自由すぎるメイドカフェ
さて、もう一つのお店は、まったく雰囲気が違います。かわいいメイドさんたちが切り盛りするバー、「Big Fish(ビッグフィッシュ)」。メイドさんたち、カウンターに立ちながら、お菓子をパリポリ。お客さんからは…
「何食べてんの? コメ? まぁまぁ自由な店やな(笑)」
ゆとり世代のメイドさんが、自由な雰囲気で迎えてくれます。
午後10時。店にやってきたのは、全員お医者さんという5人組。年に数回集まって、ハシゴしながら飲み歩くんだとか。
「じゃあドライマティーニある? ドライマティーニ」
「わからん」(メイドさん)
「じゃあそしたら、そうだなー。お嬢様聖水。お嬢様聖水(笑)」
「聖水にかんぱーい!面白い店やな(笑)生まれて初めて来た」
さきほど注文をしたこの男性。大ベテランの整形外科のお医者さんです。
「Q.医師の仕事はどうですか?」
「日々勉強だが、どうしたらいいかわからないような。目の前にある患者さんだけを考えている。そんな世界の、たとえばシリアの難民を救うとか、そういう気持ちは無い。自分のできることは、自分の目の前のこれだけ。やっぱり家族は大事にしないといけない。一番大事なのは家族」(医師の男性)
ほろ酔い加減のお医者さんから、すてきなホンネが聞けました。
バー「Big Fish」では、接客するメイドさんがお菓子を食べたり、自由な雰囲気が
奥さんに内緒で来たお医者さん5人組も大盛り上がり
泣いてた私の「居場所」を見つけた
午後10時30分。「深夜喫茶・銭ゲバ」に、白い服と黒い服の、女性2人組が入ってきました。“ヒロこてん”さんと“Bugって花井”さん。なんとも個性的なお名前です。
「入ってくるなりそこ座って、当たり前のように寝よるねん。客が『あれ何ですか?』って聞くから、“座敷わらし”ですって(笑)」(マスター・ムヤニーさん)
「(ここにずっと居て)“座敷わらし”感をね、出していこうかなみたいな(笑)」(“Bugって花井”さん)
出会いは、ここ「銭ゲバ」だったという2人。“ヒロこてん”さんはデザイナーだそうですが、黒い服の“Bugって花井”さんは、座敷わらし、ではなく?…。
「東京で声優やってたんですよ。それからメガマウスザメっていうサメが好きで、
かぶり物をかぶって、歌も歌ってるんですよ。」(花井さん)
本業は声優ですが、モデルに、歌手にと、何でもこなす花井さん。しかし、ここに来るまでには、苦労もあったようです。
「8年前に大阪帰って来たんですよ。で、もう帰って着て行き場がなくて、毎日そこの、私の席で。そこで毎日泣いてたんですよ。毎日地獄みたいな感じやって、ここでこう、すんすん泣きながら寝てたんですよ。派遣のバイトしてて、『明日仕事が無いよ』って言われたら(笑)。日銭も稼げず。またすんすん泣いてた。こっち帰ってきてフリーになったんで、この店で色々仕事をつながる人を紹介していただいて」(花井さん)
「紹介してもまぁまぁ飛ばしてたけどね(笑)」(ムヤニーさん)
「いやぁ、もう病んでたから病んでたから。ここで泣いてたから。泣いてたから。春は良くないよー、病むから(笑)」(花井さん)
人生を変える「居場所」が見つかる。味園には、そんな不思議な魅力が、あるようです。
「銭ゲバ」の2人の女性客。花井さん(右)は多彩な才能を持ちながら苦労もあったそうで
毎日決まった場所で泣いていた花井さんを「銭ゲバ」の人たちが受け入れてくれた
どうしてメイドさんに?
カメラを置いたこの日は金曜日、味園にはひっきりなしにお客さんが訪れます。再び、メイドさんのお店「Big Fish」へ。メイドさんの2人、にいろいろ聞いてみました。
「Q.この仕事を始めたきっかけは?」
「きっかけ?きっかけはない。ない、ない。」
「Q.アニメが好きとか?コスプレが好きとか?」
「全然そんなんもないな。完全に何となくやな。何か一人でおったら病まへん?(笑)」
「わかる!(笑)それだったら誰か、全然知らない人でもいいからしゃべって(って思う)」
「Q.この仕事やってて楽しい?」
「まぁ、ちょうどいい息抜き」
メイドさんたちは、本当にとても自由だった
バラバラの人が集まる“中継地点”
深夜1時。さて、もう一度「銭ゲバ」の方をのぞいてみましょうか。
「ここが無かったら、正直店を開けれんかったってのはありますよ。ホンマですよ」
マスターにこう話すのは、1年ほど前独立し、自分のお店をなんばにオープンさせた、寿司職人の近藤晋太朗さん(38)。銭ゲバで広がった人脈があったからこそ、今があると話します。
「ここで飲みながら、僕のいまのお客さんにつながる人たちがここで広がったりとか、っていうのがメチャメチャあるんですよ。だからここがきっかけ」(近藤さん)
なぜか、人の人生を変えてしまうお店。「銭ゲバ」。それも素敵な方向に。かっこいいですね、マスター。
「目的はみんなバラバラやけど、バラバラの人が集まるっていうのは何か、そういうちょうど何かの中継地点なんかなって。」(ムヤニーさん)
「Q.(お客さんを)ほっとけない気持ちもある?」
「ほっとけないんなんかな? まぁやっかい事を処分してるだけなんかも知れないけどね(笑)。なんか、降りかかる火の粉をええように払ってるだけなんかも。払う場所選んで払ってるだけちゃいますか?」
「ある程度、健康になったら(店に)寄りつかんようになるんでね。『あいつ来んようになったな』って。来んようになったことが逆に、なんか上手いこと行ってんのかなって感じで、卒業していったみたいな。」(ムヤニーさん)
大阪・なんば。真夜中のアングラビルをのぞいてみると、そこには、人の数だけ物語がありました。
寿司職人の近藤さん。「銭ゲバ」のおかげで自分の店を持てたと語る
「味園ビル」は今もなお、お客さん同士をつなぐ“中継地点”