EarthDreamingロゴ 放送内容
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4月 大平貴之
4月 彦坂 裕
5月 ヨシダダイキチ
5月 五味美保
5月 加藤登紀子
6月 井上葉子
6月 羽仁カンタ
6月〜
7月
浦沢直樹
7月 石飛智紹
7月 ABC アウト
ドアフェスタ2005
8月 大蔵喜福
8月 佐藤文廣
9月 石飛智紹
青山 貴
9月〜
10月
トヨタ
白川郷自然学校
10月 彦坂 裕
10月 藤崎達也
11月 仁志田博司
11月 宇多弘行
12月 川端由美
12月 水谷優子
12月 2005年を振り返って
1月 手塚眞
1月 鈴木重子
2月 竹下景子
2月 鮎川ゆりか
2月〜
3月
石井竜也
3月 青木静
3月 パトリック・ライアン
2月5日ゲスト:竹下景子さん

竹下景子1 手塚「竹下さんは昨年行われた愛知万博“愛・地球博”で日本館総館長を務められましたが、そのご感想をお聞かせください」竹下「ずいぶん終わってから時間が経っていますが、私の中では“本当に終わちゃったの?”という感じです。私は日本館の二つのパビリオンを担当するということで総館長という重い肩書きを頂きました(笑)ま、簡単に言うと日本館を訪れてくださったお客様にご説明とご接待をいたしました。それと、ホスト国のパビリオンですから万博を知ってもらうための宣伝もしました。でも今思うと私自身が一番夢のように楽しかった半年でした」

 手塚「外国の方が日本館を訪れてどのような感想をお持ちになりました?」竹下「私が面白いなと思ったのは、リアクションが違うのね。スペインの方がいらした時は“わぁ”なんていろんな所で歓声が上がるのね、“あ〜おおらかなのね”とおもったり(笑)また違う国の方だとどこのコーナーにいらしてもわりと静かに深くうなずきながらご覧になる方もいらっしゃいましたし、反応がいろいろでした。でもいろいろ趣向を凝らしていたので、素晴らしいという声を沢山頂きました。今回は環境がテーマでしたから、環境を考えるには日本だけではもちろん出来ないわけで、国境を越えて多くの人たちが気持ちを一つにして明日の地球のことを考えていくわけですよね。そのことを日本が日本らしい方法で提案出来たということは素晴らしいことだと重います。でも日本がそれを提案出来たということは、元々日本には豊かな自然があって四季がある。そこから私たちが育んで来た感性とか生活とか、知恵とか文化があるから出来るわけです。私自身もあっと思うものがありました」


竹下景子2 手塚「竹下さんが環境問題や、地球に関してを意識されるきっかけになったことは何ですか?」竹下「“環境問題”という捉え方は数年前からなんですけど、もっと遡って言えば子供が生まれた時に、その小さな手で、ふわふわまってる雪に手をかざして、不思議なものを見るように、海に行けば波を追いかけたりしているの。そういう姿を見た時に、人は野生なんだなと、もっと言えば子供は野生の生き物で、人も自然の一部なんだなということを理屈ではなくて感じたんですね。人がいてこの自然があるんじゃなくて、人間は大きい自然の中のごくごく小さな一部分なんだということを子供に教わった気がします。またきれいな景色や季節を早く子供に教えたくて、時間がある時は家族で今でも旅行をします。
 以前、環境教育を取りあげたテレビ番組で、子供たちと一緒にドイツのフランクフルトに行きました。子供たちが地元の学校に体験入学するという番組だったんです。1日だけホームステイをさせていただきました。その時にフランクフルトの普通のご家庭でしたが、環境は自分たちが責任を持って守っていく、新しい環境を作っていくということが根付いていたんです。その時に日本は30年遅れていると思いました。でも家庭でやってることはゴミの分別とか、リサイクルとかリユースとか今すぐ始められることをしていました。ですからすごく参考になりました。コンセントをいちいち抜くとか、そういうことの積み重ねが大事なんだということを知りました。それが最初です」

 手塚「半年間の万博の経験をふまえて、地球環境の未来についてどのようにお考えですか?」竹下「まず121カ国という国々が参加して開催された万博でしたので、世界にこんなにたくさんの国があるということを私たちは知りましたよね。でもその中でそれぞれの文化があって、言葉も違うように暮らし方も違う。でも私たちがこれから手を取り合っていけるとすれば、環境というのはとても大事な一つのテーマで、その“環境”という言葉がキーワードになると思います。万博期間中、私も多様性という言葉をいっぱい耳にしましたが、それぞれの違いをお互いに認めながら一緒に、一つの地球で生きていくということが、これからの課題だと思います」

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2月12日 竹下景子さん

竹下景子3 手塚「竹下さんはこれまでいろいろな手塚作品にご協力いただいています。近い所では昨年公開された『ドクターピノコの森の冒険』のナレーションを担当されています。この作品には私も出ていて、アフレコの現場も一緒で、光栄でした(笑)」竹下「いいえこちらこそ(笑)あまり他の役者さんとお目にかからないですね、声の録音の場合は。だから広いスタジオで、ただただ画面を見つめながらしゃべるので、なんとなくこれで良いのかなと思うんですけど、るみ子さんとお目にかかれて、あの時はホッとしました(笑)でも難しいですね、声で全部を表現するのは。私はキャラクターに合わせた声は作れないので...」手塚「これまでにも竹下さんにはNHKの『火の鳥』で火の鳥の役を。また劇場版『ジャングル大帝』や1980年の劇場版『火の鳥2772』これも火の鳥役で...」竹下「その作品があったおかげで、手塚先生とお話しさせていただきました。とても優しく、にこやかにお話ししてくださって、いつものベレー帽のスタイルで。“あ〜、写真と同じ”と思いました(笑)感激でした」手塚「そのお話が来た時は正直どうでしたか?」竹下「とにかく夢のように嬉しくてすぐお返事はしたものの、火の鳥のイメージはもちろん人間ではないわけで、神々しくてエネルギーというか、命が溢れていて、どういう声にすればいいか掴みきれなくて、私で良いんだろうかという感じでしたね」

 手塚「竹下さんは手塚(治虫)が亡くなった後、1990年に放送されたテレビドラマ『手塚治虫物語』で手塚治虫の奥さんの役、私の母の役ですね(笑)をやっていただいて、手塚の役が古谷一行さん。この時初めて私は実物以外の手塚の姿を見ましたね。生身の手塚治虫の世界を作るのは、やってみていかがでしたか?」竹下「このドラマには手塚先生の他にも、実際に活躍された漫画家の方が何人か、実際にお出になっていて、そういう一つの時代も描かれていたと思うんです。私は手塚先生が大好きだったので、亡くなるシーンが近くなると役を離れて悲しくなってしまったんです。それで“竹下さん、そんなに早く泣かないでください”と演出からダメだしされてしまいました(笑)でもこのドラマを通じて手塚先生のやって来たことのすごさを改めて感じました」


竹下景子4 手塚「手塚作品で一番お好きなのは?」竹下「いっぱい好きなんですが(笑)」手塚「いっぱい作品がありますから(笑)」竹下「そうですよね。でも一番最初に出会ったのがテレビの『鉄腕アトム』だったので、アトムが好きですね。あの時点で未来社会を見通していらした手塚先生は偉いなぁ〜と思います」手塚「火の鳥はどうですか?」竹下「最初よく分からなかったんですね、キャラクターによってこの人はいい人、悪い人というのが読めない作品なので。でも繰り返し読んでいて、私も火の鳥の世界が分かってきたのかな、分かりたいなと思いました」

 手塚「竹下さんに与えた、手塚作品の影響は?」竹下「手塚作品はどこかで私の支えになっていると思います」

 手塚「今後の予定をお教えください」竹下「今年は女優に戻って、テレビがいくつか予定があります。一つ一つの役はその時にしか出会えない役なので、その一つ一つを大事に、きちんとやらせていただきたいなと思っています」


鈴木重子さん 鮎川ゆりかさん

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