手塚「まずWWFジャパンがどういう組織なのかお教えください」鮎川「WWF(世界自然保護基金)というもっとも大きな自然保護団体の一つです。今WWFが取り組んでいる問題は、森林、淡水、海洋、種の保全、有害物、温暖化という6つがあります。その中で私は温暖化の中の気候変動の日本代表として活動しています」
手塚「2月16日に発行された京都議定書。鮎川さんはこの日をどういうお気持ちで迎えられたのですか?」鮎川「私にとっては感慨深いことで、アメリカが離脱した時は本当に京都議定書はこのまま死んでしまうのかとも思いました。でもある意味で不可能だと思われたことが可能になった、世界の意志として発行されたという喜びでいっぱいです」
手塚「京都でCOP3(気候変動枠組条約第3回締結国会議)が開かれたのが1977年。それから発行の日を迎えるまでの8年間、NGO、NPOの方達はどのような活動をされてきたのですか?」鮎川「私達が“抜け穴”と呼んでいるルール、京都メカニズムという柔軟性措置が採択されました。それは海外でプロジェクトをやって、そこで削減した分を自国の成果として認めたり、大幅に目標よりも削減した所とオーバーした所は売り買いが出来るなどの制度のことです。環境NGOはその抜け穴をなるべく小さくするよう努力しました。結果、厳しいルールになったと思っています」
手塚「アメリカが不参加を表明した時はどのように感じましたか?」鮎川「先ほども言いましたが、本当に終わってしまうと思いました。でもアメリカ抜きでも前進しようという世界の合意があり、そのことに感動しました。
但し今アメリカ国内では温暖化対策を進めようとしている議員はたくさんいます。その活動はある意味では日本より進んでいるとも言えます」 |